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白象とデート

夢に出てきた白い象が、目の前に現れた。
ぐるんぐるん渦巻く雲の上に乗って、悠々と登場した白い象は、わたしに向かってこう言い放った。

『お嬢さん、僕とお茶しません?』

ナンパだった、ナンパ。まさかの、まさかが過ぎるだろうが。
白い象は真っ白過ぎるその頰を赤く染め、瞳を逸らしながらも懸命にわたしを誘うのであった。
よくよく理由を聞いてみると、どうやら彼はわたしの夢に度々登場してくるあの白い象と同じ象らしく、夢を渡る際に見かけるわたしのことが気になるようになり、わざわざこうして現実世界に現れてわたしをお茶に誘ったんだそう。
どうして夢の中で声をかけてくれれば良いものをそうしなかったのは、どうやらわたしのためらしい。
わたしは普通の人間だから、夢の中で飲み食いをすると戻ってこれなくなるんだとか。だからわざわざこうやって出向いてきたのだとか。

でも、だからって、わたしのことを慮ってくれたのかも分からないけど、だったらなんだってこんな、全校集会中の校庭に出てくるのか、それを聞きたかった。
わたしだけに見えているのであればついぞわたしも頭をやられたかと諦めもついたが、周りは突然現れた白い象に阿鼻叫喚。校庭は地獄絵図のように成り果ててしまった。

これ以上ここにいても騒ぎが広まるばかりなので、一旦体をゴールデンレトリバーサイズに縮めて頂いてそれから、話を聞こうじゃないかとわたしは提案した。

象はすんなりと納得して、みるみる小さくなっていった。
大型犬サイズの白い象を連れて静かな通りを歩いていく。
自分から誘っておいて良い喫茶店を知らないと言うのだから、情けない。
わたしがお気に入りの純喫茶に連れていった。

ボロボロの喫茶店だが珈琲の味は確かだ。
寡黙で険しい顔つきのマスターは小さな白い象を見ても顔色一つ変えない。
ブレンドを二杯。
珈琲を淹れる音だけが店内に響く。

コトリ、テーブルにコーヒーカップが置かれる。
わたしは右手で、象は鼻先で器用に取っ手を掴んで飲んだ。

途端、象は泣き出しそうな顔で萎れだした。
どうやら珈琲を飲むのはこれが初めてだったらしくあまりの苦さに涙をこぼすのだった。
ぽろぽろとこぼす涙がわたしの足首をあっという間に浸したのでわたしはマスターに頼んでミルクとたっぷりの砂糖をもらいミルク珈琲にしてあげた。

クリーム色になったそれをこわごわ飲んだ白い象は、涙をぴたっと引っ込めた。気に入ったようだ。

白い象が珈琲色に染まり出した。白い象と珈琲の色とで丁度、今飲んでいるミルク珈琲の色合いだ。

わたしは、ミルク珈琲になった象をストローで飲み干した。
ごくごく、ごっくん。

残ったのは喫茶店の足元を浸した象の涙と、象が乗ってきた白い雲だけ。
わたしは多めの代金と共にそれらをテーブルに置き去りにして店を出た。
マスターは相変わらず寡黙だった。

白い象とのデート。
中々刺激的で楽しかった。
次は夢の中で会えるだろうか。

腰まで伸びた自慢の黒髪が、いつの間に真っ白に抜け落ちていた。
そういえばわたし、どこから来たのだっけ?

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