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幽閉の姫

『エルダーの月光塔には、お姫さまが閉じ込められてる。』

お城の離宮にある緑に囲まれた白い塔。
どんより不気味な、小さな塔。

そこに、お姫さまが閉じ込められてる。そんな噂がながれだした。
お姫さまは亡くなった先帝の隠し子だとか、卑しい身分の生まれだから隠されているんだとか、人々は勝手気ままにうわさした。
閉じ込められたお姫さまが本当にいるかもわからないまま、ただ面白おかしくうわさした。

エルダーの月光塔には、誰もいない。
先帝の隠し子も、忌み嫌われた生まれの子も誰もいない。

けれど、

かつてこの塔には、たしかにお姫さまが幽閉されてた。

白い髪に白い肌、赤い瞳の綺麗な少女。

外の世界に焦がれながら、ついぞ叶わなかった可哀想な姫。

その心残りが月光塔に残っていった。

『エルダーの月光塔に閉じ込められた、可哀想なお姫さま。夜な夜な嘆きの歌をうたっておられる。』

城で働く下働きどもはみんな口々にこう言った。

うわさは尾がつきヒレがつき、どんどん、どんどんふくらんでいく。
心残りで出来ていた姫も、今度はみんなのうわさで形を得た。

流れる噂に辟易した王様は、塔を壊してしまうことにした。
けれど可哀想な姫の心残りをそのままにする訳にもいかず、どうしようか悩んでいたところ、ひとりの兵士が名乗りをあげた。

彼は一介の兵士だったが、そういったことに知識のあるものだった。


満月の夜だった。

普段から人の寄り付かない月光塔の周りには、おかしなくらいに誰もいなかった。
白い塔のてっぺんから聞こえる悲しい歌が、よく聞こえる夜だった。

兵士は姫の部屋をノックする。

『どうぞ』

誰もいない部屋から声が聞こえた。

恐る恐る扉を開けると、そこにはひとりの少女が立っていた。

兵士は何も言わずに少女に跪き、そっと右手を差し出した。
少女も、まるでそれが当たり前のことと言わんばかりにその右手を取る。

月光塔の周りは、深い森のようになっている。
闇に染まった木々の隙間から差す月の光は、少女を美しく照らしていった。

僅かな時間だった。
彼女が塔に閉じ込められていた時間と比べると、ほんの僅か。
けれども、可哀想な姫はもうそこにはいなかった。


その日を境に、いないはずの誰かの歌声が聞こえて来ることはなくなった。
あれだけ騒いでいたのが嘘のように、うわさ話もぴたりと収まった。

月光塔は結局取り壊されたが、かつて塔が建っていたところに、小さな慰霊碑がたっていることを知るものは少ない。

そして毎月、満月の日に素朴な花束が供えられていることは、誰も知らないのであった。

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