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君は太陽

黒、い絵の具を水に垂らしたぽたん、ぽたん、ぽたん。
じわじわと広がる波紋は蛇のように畝って捻れて曲がりくねる。
垂らした雫の軽い方はそうやって水面を染めて、重い方はどんより下へ沈んでいく。

柔らかな、シルクの布が靡くように、ゆらゆらとひらひらと漂って、舞い降りる。

水を張った器の底にぶつかって何度かリバウンドしたら重たい、黒、はそこから、底の方から、そのく、ろ、を広げていくのだ。

先生は言った。

一滴の毒が水瓶に落ちただけでその水瓶は丸ごと全部飲めなくなる。
一雫の染みが白い布についただけでそのぬのはもう台無しになる。
ただ一つの傷があるだけで、その純潔は失われる、その品は損なわれる。
墨は、その色は、ノイズで、汚れで、穢らわしいもの。
今ここに在るお前がそれだ、と、言われているような気分だった。

私は墨か、あるいは毒か。とにかく美しいはずのそれらを台無しにする存在で在ることは確かなようで、ただそれだけが自分自身の存在証明ですら在るように思えたその言葉は、私の心にしっかりと染みを作った。消えない、染みだった。

一度汚れると人はもうなんだか汚したままでいいような気持ちになるからなのか、私は度々、自分が“黒”であるような振る舞いをした。
誰も私を気にかけない。誰も私を顧みない。
なぜなら私は、まっさらなシルクに染み付いた、落ちない汚れなのだから。
あるいは、宿主の身体を蝕む毒だろうか。
いずれにせよ、私の存在意義というものがそういう所にあるように思っていた思い込んで、いたのだ。

汚れは、けれど見方を変えれば柄になる。
糸で、あるいは染料で、上書きして仕舞えば気にならない。
毒も、毒でさえも、使い方によっては薬になると、教えてくれたのはあの人だった。

ノイズは、雑音は、それでもないと物足りないものだ。

無駄であること、純然でないこと、雑然としたもの、真っ白でないもの。

そんなものに、“味”がでるのだ。
味が深みを生み、深みが愛情を齎すのだと、その人は教えてくれた。

私の歪んだ存在意義をまるで、魔法のように変えてしまった変えられて、しまったのだ。

ノイズでも、毒でも、落ちない染みでも、なんでもいい。私のことを、存在を、なんでもないように扱ってくれる人がいることが嬉しかった。

真っ黒に染まった夜空に、一点輝くあの星のような。眩しく昇る太陽のような。
そんなような、景色だった。

君は太陽、あるいは月の光。
私を照らす、ただ一筋の希望の光。
私を導く、自由への羽。



黒、い絵の具で染まった水に垂らしてぽたん、ぽたん、ぽたん。
どわっと広がる波紋は花のように綻び、開いて、咲く。
垂らした雫の軽い方はそうやって水面を染めて、重い方は手を伸ばすようにそこへ、ソコへ、底へ。

黒は完全になくならない黒は、混ざりも溶けもしないけれど、これからの彩りを映えさせてくれる。コントラスト鮮明に、輪郭を描く。

太陽によって照らされた影のように。
私の存在を確かなものへと変えてくれる。

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