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やり直しドリンク#2

ゴミ収集車の呑気な音楽とともに、現実に戻される。
俺は昨日、命よりも大事にしていたお守りをなくしてベコベコに凹んでいた。そんなおり、コンビニで見かけた謎の栄養ドリンクのその謳い文句に目を止めた。

『これを飲めば一つだけ、過去の出来事を無かったことにできる』

ホレグスリンだの、アタマヨクナールだのといったジョークグッズと思った俺は最初それを無視したのだけれど、なぜか、コンビニのクジでそいつを引き当ててしまった。
藁にもすがるなんて気持ちは微塵もなく、どころか今の俺の感情を逆撫でするような商品を引き当ててしまう運の尽きに、ほとほとうんざりである。
目の前で、濁流渦巻く川の中に落としてしまったのだからもう、そいつが元に戻ってくることはない。ましてやその過去が無かったことになるなんて。
絶対にないのだ、絶対に。
絶対に起こり得ない事象をまるで期待しているかのような現状が気に食わない俺は、それがあり得ないことを立証するために、蓋を開け瓶の中身を飲み干したのだった。

それが、昨日の晩のことだった。

そして、現在。

いつもお守りをしまっていた胸ポケットに手をあてがうと、そこには無いはずの感触が。夢を見ているのだろうか、ましてや、昨日のあれが夢だったのだろうか、いいや、そんなはずはない確かに、確かに目の前で失くしたはずなのに。


そこには、なくしたはずのお守りが入っていた。

慌ててゴミ箱を漁り瓶を取り出す。
薄茶色の瓶に嘘っぽいラベル。間違いない。
謳い文句もそっくりそのまま。

偶然というにはあまりにも出来過ぎた現実に、俺は困惑した。
もし、このドリンクの言っていることが本当だとしたら?
もし、これ以外にも何か過去の事象をやり直せるのだとしたら?

ゴクリ。

俺は大きく唾を飲み込んだ。

きっと、ただの思い過ごしかもしれない。
あのコンビニにもう一度行こう。そして、こんなふざけた栄養ドリンクを今度は自分で買おう。
なに、確かめるだけだ。何も起こらなければただ栄養ドリンクを飲んだだけだ。俺は勇足で、昨日のコンビニに向かった。

若干の期待をしていた。ほら、よくある不思議な話、こういうことは2度は起きない。だから、同じ場所に訪れてもそんなもの存在すらしなかった、みたいなオチを心のどこかで望んでいたのだと思う。
そうすればだって、今朝自分に降りかかってきた不思議現象だってなんとなく収まりどころがあるように思えたから。
やっぱり、不思議な夢だったんだって。

冗談みたいな謳い文句のチープな栄養ドリンクは、昨日と全く同じ装いで、コンビニの棚に陳列されていた。
俺は、二本、その栄養ドリンクを買ってコンビニを出た。



さて、これからである。
『これを飲めば一つだけ、過去の出来事を無かったことにできる』
なんていうけど、この作用は果たして一本ごとなのか、それとも、一度でも飲んだらもう二度とその効果は現れないのか。
瓶の裏にはお決まりの、『用法容量を守ってお飲みください。過度な摂取はお控えください。』と書いてある。

俺は思い切って今日、無断欠勤することにした。
俺が勤める仕事先の社員は俺を含めて15人。小さな会社だし、真面目に無遅刻無欠席を続けてきたのだ、1日くらい、なんとかなる。それにもしこのドリンクの効果が本当であればそれすらも無かったことになる。
結果は全て、明日わかる。
俺はその日1日を少しの罪悪感とそれから隠しきれない期待とを持って過ごした。
携帯電話には、会社からの留守電が何件か入っていた。俺はそれを無視した。


その日の晩、いよいよ持って冷蔵庫からドリンクを取り出す。
風呂上がりに飲んだ栄養ドリンクの味は、なかなかに美味かった。


翌朝、目が覚めた俺は今日こそ仕事に行く準備をして家を出る。
出勤中、携帯電話を確認して違和感に気づく。
昨日、確かに入っていたはずの会社からの留守電の記録が全て、消えていたのだ。

じわり、背中に汗が滲んだ。
これは、もしかして。

何事もなかったかのように出勤してタイムカードを押す、ちらと自分のカードを見て、俺は目を見開いた。

昨日、確かに俺は会社に行かなかった。
なのにそこには、昨日出勤した証拠のように、タイムカード刻印されていたのだった。

『これを飲めば一つだけ、過去の出来事を無かったことにできる』

俺は昨日、会社を無断欠勤しなかった、どころか、出勤したことになっていた。



あの栄養ドリンクは、本物なのかもしれない。

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