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エリカ

『エリカよ、お前を迎えに来た。』
そいつは急に私の目の前に現れて、そんなことをいきなり言い放った。

その日は、特に普段と代わり映えのしない1日だった。
普通に朝起きて、普通に学校に行き、普通に部活をサボって遊びに行こうとしていた帰り道のことだった。

いきなり長閑な郊外の通学路が真っ白に光り、私は思わず頭を覆った。
しばらくして、閃光も落ち着き目が眩しさに慣れた頃、目をしぱしぱさせながら前を見るとそこには全身タイツの謎の男が立っていた。

あ、不審者だコイツ。
100%不審者だ。

私の脳は一瞬でパニック状態に陥り、そしてなぜか逆に冷静になった。
アドレナリンが出ていたのかもしれない。
私は、すぐさま臨戦体制に入った。
(正確に言うとスクールバックを投げ捨て、ブレザーの襟をおでこまで持ってきたカ◯ナシスタイルである。)

そのまま威嚇の姿勢をとり唸り声をあげる。
”不審者には不審者をぶつけろ。”
おばあ直伝の必殺技である。

唸り声から白目+奇声のフェイズ2に段階を上げるがまだ引き下がらない。
どうやら中々の強者らしい。
そうこうしている間にも全身タイツの不審者はジリジリと距離を詰める。

あわや絶体絶命か?!命と貞操の危機を感じそろそろ恐怖が現実のものになろうかと言う頃合いで、全身タイツマンは声を発した。

『アノー、すみません、チョト道に迷ってしまって、教えていただくことはできませんでしょうか?』

めっちゃ丁寧な上にただの変な迷子だった。
あとものっそい困惑した声だった。

おい、見るな、そんな目で見るなよ!
誰もいないから仕方なく私に声をかけたみたいなその目を!!
今すぐやめろ!!!!

私の心はそんな感情でいっぱいだった。

え?!?!?!?
え、なんで?!?!?!
なんで私の方が変質者扱いなの?
てかなんでそんな困ってんの?お前が??私に???
急にさっきとは違う意味での現実が私を襲う。

何事もなかったかのようにブレザーを正しく着こなし、投げ捨てたスクールバックを拾い上げる。
こほんと咳払いをした私は、全身タイツマンを促した。
こんなところでこんな突飛な格好、何か目的があるに違いないと思ったからだ。

しかし、タイツマンは思いのほか要領が悪いのか何も答えてくれない。
あ、そういや道に迷ってんだっけか?その格好で。
癖の強い変人なのかとタイツマンへの認識を修正しようとしたところ、一筋の雷のような閃光が一瞬見えた。
何事かと思い辺りを見渡しても何もない。
しかし全身タイツマンの顔色がかわっていた。

なんていうか、緑だった。
緑っぽいとか緑に見えるとかじゃなくて、正真正銘の緑色の顔に変わっていた。
先程までのオドオドとした雰囲気はどこへやら、厳ついた感じである。
そうして、最初の場面に戻るのであった。

『エリカよ、お前を迎えにきた。』

その真剣な眼差しに、じわと汗が滲む。
私は、ぐっとお腹に力を込めて、緑と化したタイツマンに相対した。

『お前の力が必要だ、エリカ。お前がいなければこの星も、宇宙も、全てが危機に陥る!さあ、エリカ、今すぐこの全身タイツプラチナに着替えて宇宙へ向か『人違いです!!!!!!!!!』

空中からハリセンを取り出して、私はタイツマンにスパイラルハリセンをお見舞いする。

『いや、あの、人違いです。まじで、私エリカじゃないし、ショウコだし、ショウコ!てかなに?え?宇宙の危機?キャラ変への角度急すぎじゃない?今みんなのこと置いていってるよ?わかる??』
タイツマンはしょぼくれた顔で首を横に振った。
『100歩譲ってエリカでいいよ、宇宙の危機もまあなんかいいよ。でもだったらちゃんと宇宙船とそれらしい格好で来いよ!なんだよ全身タイツって、どこで買ったんだよちゃちすぎんだよ!!!!』

『……が、』
『あ?』
『予算が、無くてですね……』
『言い訳してんじゃねえよ!!』

膝から崩れ落ちたタイツマンを執拗にハリセン責めするJKの図は、側から見たらそれは恐ろしいものだったろう。

その後もしばらく、ショウコはキャラ変へのハンドル切り替えが急すぎる、こんな話読者はついていけない、などと延々説教をしまくっていた。

『ふぅ、スッキリした〜!』

ショウコがハリセンを収めたのは、日もとっぷりと暮れた頃合いだった。
タイツマンが最終的にもう二度と全身タイツ姿です人の前に出ないと約束したので手を止めたのだ。

土下座するタイツマンを背に夕陽を眺めていたショウコは本日三度目の閃光に驚いて目を瞑る。
その眩しさは、今までで一番のものだった。

『……あれ、私こんなとこで何してんだろ?』

あたりは誰もいない郊外の長閑な通学路。
今日は部活をサボってCDショップに向かう予定だったはずだが、日が暮れているのにまだここにいる。
どうしてもさっきまで何をしていたか思い出せないのだ。
ふと、右手に違和感を感じて見やり、驚きの声を上げる。

『ハリセン?なんでこんなの持ってるワケ?……わっ、てかやば!売り切れちゃうじゃん!!』

ショウコは今起きた不思議事項は置いておいて、推しのアルバムを購入するためにその場を走り去った。

**********
『守備は?』
『上々だな。能力も確認した。あとは覚醒を待つのみだ。』
無機質な船内、全身タイツをきた人影がふたつ。真剣な面持ちで会話をしていた。

『“エリカ”の布石は配置済だ。ショーコは必ず覚醒する。』
『カブ様にご報告を。』
『ああ、わかっている。』

部屋を出て、ショーコに殴られていたほうの全身タイツマンがほっと息をはく。
『ハリセンの使用も確認した。あとはショーコが、覚醒するだけだ…!』

*********

それから3年後。大学で出会った友人と共に結成したお笑いコンビ『エリカ』の、ハリセンツッコミ担当としてショウコは華々しく芸人界に降り立った。
そしてそれが、ショウコの運命を大きく変えるあの事件と繋がっていることに、今はまだ誰も、分かっていなかった。

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