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傘は台風にさらわれた

傘は台風にさらわれた。
暴風雨吹き荒ぶ空、ひとり彷徨いながら傘は思う。
このままどこに行くのだろうか。

ばさりばさばさ風受けて、ひらりひらひら飛んでゆく。
途中、何本か折れた骨はけれど、ちっとも痛くなんかなくて。
正直、自分のことさらっていった台風が怖くないと言えば嘘になる。
姿の見えない風を抜いて、広い空にひとりきり、心細くないって言えば嘘になるそれでも、そんな些細なことなんて、全部吹っ飛ばされてくくらい、目の覚めるような朝焼け。

鮮明で、眩しくて、美しい。
終わりの星の燃える様、かくもきらめかしい朝日が登る。
台風の分厚い雲の隙間、天使の梯子を見下ろして、傘は笑った。

骨は折れて、ビニールは破けた。
あっけなく自分をさらった台風は、夜明けとともに消え入りそうで、上にも下にも前後左右、どこを目指せばいいのかわからない今でさえもただ、美しく呆然と、満身創痍の身に沁みる美しい空だった。

ふと、台風が笑っているのに気がついた。
きみにこれを見せたくって。
はにかみ笑うその姿は、さっきまでの猛々しさとは裏腹である。
その様子がなぜだか余程に可愛く見えて、少しだけ体温が上昇した。

消え入りそうな台風に、傘は手を差し伸べる。
折れた骨の先の方。
人間で言う小指、を差し出して傘は言った。

“いつかまた、自分をさらって?
そして今度もふたりでこの景色をみよう。”

叶わないとわかりつつ、消えゆく台風に笑いかける。最後はどうか、どうか笑顔で。
別れの言葉はらしくない。
眩しすぎる太陽の光を反射しながら、傘は地平に落ちてった。

傘は台風にさらわれた。
傘の心は、あの台風にさらわれた。

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