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夏のおわり、屋上のうえ

【短編脚本】

夏、授業中の学校の屋上のうえ。
一人の女子高生が、フェンスにもたれ掛かりながら屋上からの景色を眺めている。
後ろから一人、別の女子生徒が静かに近づいて来るのに気づいていない。

スイ  「みーつけた!」

シオリ 「わ!……みつかっちゃったぁ」

スイ  「村岡が鼻の穴広げてシオリのこと探してたよ」

シオリ 「竹刀片手に?」

スイ  「ううん、出席簿片手に」

シオリ 「いやあ、そろそろやばいんだよね、体育の出席」

スイ  「え、あと何回でアウト?」

シオリ 「ぜろ。もしかしたらマイナスかも」

スイ  「ひゃあー、それはそれは、ご愁傷様です」

シオリ 「だってー、嫌いなんだもん!」

スイ  「体育が?村岡が?」

シオリ 「ダブルで」

スイ  「シオリちゃん、がんばろう?一緒に卒業したいでしょ?」

シオリ 「うわーん、助けてよスイー!」

スイ  「……残念ながら、手遅れです。」

シオリ 「ちょっ、見捨てる気?!」

スイ  「最前は尽くしたのですが……」

シオリ 「おねがいです、うちの子を、うちの子の単位を見捨てないでください!」

 一間 顔を見合わせて吹き出す二人

シオリ 「(ため息)あーあーあー、やってらんないよもう。やんなっちゃう」

スイ  「人生ハードモードですなあ」

シオリ 「……ねえ」

スイ  「なあに?」

シオリ 「スイはさあ、死にたいと思ったこと、ある?」

スイ  「あるよー」

シオリ 「いつ死にたいと思う?」

スイ  「んとねー、寝坊して、キャミ着て来なかった日に限ってブラがショッキングピンクだった時。」

シオリ 「うっわ、最悪だ。想像しただけで死にたくなる。」

スイ  「しかも最初は気づいてなくて、それを知らんおっさんに小声で透けちゃってるよ!言われた時」

シオリ 「え、なにそれ、キモ」

スイ  「おじさん的には親切なんだけど、いや言わなくていーし。みたいな?」

シオリ 「え、まじでキモいね。」

スイ  「ほんとだよー、ちょう死にたかった。……あ、あとね、スカートが捲れ上がってパンツ丸見えだったのに、そのまま歩いてたことを、うちに着いてから気づいた時ね。」

シオリ 「馬鹿だなー、紺パンはけばいいのに」

スイ  「えーだって、蒸れるのやだもん」

シオリ 「全部自業自得だな。」

スイ  「えー、ヒドーイ」

シオリ 「ひどくないし」

スイ  「シオリは?」

シオリ 「ん?」

スイ  「いつ、死にたいーってなる?」

シオリ 「あたし?うーん、なんだろうね。…あ、ケースケと別れた時はキツかったな」

スイ  「ああ、あの時か!あの時のシオリ凄かったよね!」

シオリ 「笑うなって」

スイ  「毎晩毎晩、泣きながら電話かけてきてたのはどこの誰でしょうか!」

シオリ 「その節は大変お世話になりました。」

スイ  「お礼のラーメンごちそうさまでした。」

シオリ 「あれも半年前かあ……。」

スイ  「人ってさあ、他の人から見たら割とどうでもいいことですぐに死にたくなるよね。」

シオリ 「そーだね」

スイ  「……夏も終わりだねぇ」

シオリ 「なに、急に?」

スイ  「死にたいって思えるうちはまだ大丈夫なんだって。」

シオリ 「へー」

スイ  「勝手だよね」

シオリ 「何が?」

スイ  「ボーダライン、勝手に決めてまだ大丈夫だって思わせるの。勝手だよ。」

シオリ 「知らないの?大人はみーんな勝手だよ。あたしたちも勝手に大人になって、勝手な大人になっちゃうんだ」

スイ  「大人になりたくないね」

シオリ 「このままずーっと、制服着てたい。」

スイ  「夏に制服着てた私も、もう死んじゃうんだよね。」

シオリ 「夏が終わるから?」

スイ  「そう。 夏の終わりってさあ、吸い込まれちゃう感じがするんだよね。めちゃめちゃにでかい入道雲とか、あたり一面のひまわり畑とか、引き込まれてもう戻れなくなりそうで……。」

シオリ 「授業中の屋上とか?」

スイ  「そう!なーんか、青春だねえ」

シオリ 「ですねえ。あ、じゃあさ、こっから落ちたら、どうなっちゃうかな」

スイ  「生卵になる。」

シオリ 「は?」

スイ  「床に落とした生卵みたく、ぐちゃあってなる。そりゃもうグロテスクな感じのやつ。」

シオリ 「うわあ」

スイ  「えぐいなあ」

シオリ 「えぐいねえ」

スイ  「……ねえ」

シオリ 「んー?」

スイ  「落ちたくなったらさ、私のこと呼んでね。」

シオリ 「え、なんで、やだよ」

スイ  「だーめ、絶対呼んで!」

シオリ 「自殺願望ないし落ちないよ」

スイ  「落ちたくなったら、の話。」

シオリ 「わかった、ちゃんときてよね?」

スイ  「うん。それでね、一緒に落ちよう?」

シオリ 「え、生卵よ?ぐちゃぐちゃになるよ?」

スイ  「いいの、ぐちゃぐちゃで。混ざってどっちがどっちのぐちゃぐちゃかわからなくするの。」

シオリ 「いいねえ。お葬式も一緒だねぇ。」

スイ  「そう。」

シオリ 「あ、だめだ」

スイ  「え」

シオリ 「落ちるの、ここじゃダメだよ!」

スイ  「そうかな……」

シオリ 「そうだよ!だって、そんなんしたらうちらの後輩が屋上入れなくなっちゃうよ!」

スイ  「あ、そっか」

シオリ 「うん、そうだよ」

スイ  「じゃあだめか。」

シオリ 「それに、勝手に出入りしてるの黙ってたちーちゃんもクビになる!」

スイ  「あ、そりゃもっとダメだ。うちらのオアシス、保健室の女神の職を奪ってはいけない」


シオリ 「あーーーー!」

スイ  「うわ、びっくりした!」

シオリ 「タピオカ飲みたい!!」

スイ  「あ!私も飲みたい!!」

シオリ 「このまま帰ってタピオカ飲みに行こ!」

スイ  「え、行く!タピオカ増やしちゃう!」

シオリ 「おぬしも悪よのう」

スイ  「いえいえ、お代官様ほどでは……」

シオリ 「なーんか、いろんなことがどーでもよくなったわ!」

スイ  「タピオカ偉大!」

シオリ 「じゃ、荷物持って下のとこ集合で!」

スイ  「らじゃー!」

シオリ、退場。スイ、一人になった屋上でフェンスに手を伸ばす。
蝉の声だけが、煩く響きわたる。
夏の終わり、屋上の上にて。

                              終

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