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旅人と赤い実

エトラの木は世界で一番大きな木。

羨望の丘のてっぺんに、これでもかってくらいに枝を伸ばしてそびえ立ってる。

丘の上から何年も、何百年も、何千年も、エトラの民を見守ってきた。

エトラの木にはいのちが宿る。
まんまる大きな赤い実が、たっぷりしっかり熟した頃に、ぷつんとその実が枝を離れて、まっさかさまに落っこちる。
そのままころころ転がって、ころころころ転がり続け、ぴょこんと跳ねてぽすんと誰かの腕にはまる。
最初にエトラの実を受けとめた人がその実を育てる人となる。

エトラのいのちは繊細で、放っておくとすぐに腐る。
だけどエトラの民はその実がどれだけ大切なのか、ようく分かっているから腐らせない。
度々、うんと弱い実がいたりして、甲斐甲斐しく手を尽くしてもダメな時はある。
そんな時は丘を登って、エトラの木の根元に埋めてやる。



そんな話を聞いて、見てみたいと思ったのが運の尽き。
やっとの思いで辿り着いたそのエトラの地で、足を休めようと座ったその時、真っ赤なまんまるが俺目掛けて飛んできた。
腕の中にすっぽりおさまる、なんてことはなく、見事に頭にクリーンヒット。
真上に上がったエトラの実は、倒れた俺の手のひらにそっとおさまった。

エトラの民は親切で、逐一丁寧に教えてくれる。
こうしたら実は良く育つだの、ああしたら実は腐りやすいだの。
けど俺は、たしかにエトラの実が育つところは見たいと思ったが、育てたい訳ではないのだから、適当に誰かに返して他の育ってるのをちょっと見て次に行きたかった。

けれどエトラの民はそれではダメだとものすごい剣幕で怒るのだ。
俺だって怒りたい気分だ。けど、このままじゃ埒があかないので、仕方なく、エトラの実をそだてることにした。
腐っても知らないからなという気持ちで。

俺は旅人、しがない笛吹き。
笛を吹いて世界を回る。
ひとつところに留まるのはしょうには合わない。
対してエトラの民はエトラを出ない。
エトラに生まれてエトラで死ぬ。
俺はエトラの実を育てるのはいいが、エトラに住み続けるわけにもいかない。
どうしたもんかと頭を抱えていると、エトラの長老が話しかけてきた。

“外のアンタをわざわざ選んだんだ、少しくらいこの地を離れても問題なかろうよ。外の世界が気になる子じゃろうて。けれど帰り道を忘れず教えてやってくれ。エトラの魂はみなここでしか眠れぬからな。”

俺は頷く。
万が一腐らせてしまった時も戻ってくると約束して、俺はエトラの実を抱えながらエトラの街を出た。

いつもの気ままな一人旅に、おかしな連れが一つ増えた。
エトラの実は手がかかる。
ずっと抱いてなきゃいけないし、朝と晩に濡れた布で磨いてやらなきゃいけないんだと。
最初のうちは苦労したけどそのうち扱いにも慣れてきた。

俺は笛吹きだから、笛吹きの抱えた赤い実が気になって、足を止める人も増えた。
そのうち面白いってんで話題になって、行く先々で声をかけられるようになった。
触らしてくれとか、譲ってくれとかも言われるようになったが、その頃にはもうすっかり愛着が湧いちまったもんだから、頑として首を縦には振らなかった。


エトラに宿った赤いいのちは、満月の晩に目を覚ます。
めざめたいのちは祝いとなり、育て主の願いを一つ叶えてくれる。
願いを叶えたエトラのいのちは、そのままエトラの木に還る。

月が綺麗な晩だった。
腹んとこ抱えてまるまって一緒に寝てたはずのエトラの実が、ごろんごろんと動きだした。
眠たい目をこすりこすり、起き上がり、エトラの実に声をかける。
じつはこの頃になると勝手に名前まで付けちまって、エルテなんて呼んでいた。
赤い実は、エルテは、ごろんと自ら転がりだして、月光注ぐ窓の辺りまでやってきて、淡い光をその身に受けて、パーンと弾けて目を覚ました。

綺麗だ、と思った。エトラの実からうまれた赤い妖精。エルテ、俺のかわいい、エルテ。
そっと伸ばしかけた手を慌てて引っ込める。
なんだか触ってはいけないような気がしたからだ。その引っ込みかけた手の指を、エルテの方から掴んでくる。

“どうか、手を繋いでいて?僕を目覚めさせてくれたあなたの願いをひとつ、叶えますから。”

エルテ、と思わず声が漏れる。

“知っていますよ、僕の名前。なんどもなんども呼んでくれた。”

エルテ、エルテよ。俺のエルテ。

“ええ、ええ。僕は、あなたのエルテです。”
“あなたの願いを叶えるために僕は目覚めた。”

だから早く、さあ、願いを。
そう言って手を差し伸べるエルテ。

俺の願いは、そう言いかけて喉が詰まる。

願いならもう、


十分叶った。


旅人は、長い長い時間、エルテと2人で旅をした。
世界中を巡り、笛を鳴らして、また世界中を巡る。
色んな景色を2人でみた。

エルテはエトラの木になってた時から見てみたかった外の世界をたくさん見れて幸せだった。
旅人はエルテとの旅で孤独を知った。
そして2人で入れる事の幸せを知った。

ある日旅人はふと気づく。
旅の終わりが近いことを。
だから、まだずっと赤い実のままだったエルテを連れて、エトラの街に帰ってきたのだ。

エトラの実を目覚めさせず、かといって腐らせないままに戻ってきた旅人を、エトラの民は観劇した。
暖かい飯と宿を与えてくれて、たくさん話を聞きたがった。

今晩は、そんな宴の後だった。

“旅人よ、僕はいまならなんだってあなたの願いを叶えられるんです。あなたの命を伸ばす事だって容易い。僕の力はそれほどに強くなったんです、あなたのおかげで。だから早く願いを言って。”

エルテは何故か目に涙をいっぱいためて旅人に言う。
ああ、そうか。なんだか眠たいから、起こそうとしているのか。

エルテ、エルテよ、俺のエルテ。

“ええ、ええ、エルテです。僕はあなたのエルテです。”

俺を選んでくれてありがとうな。

“あなたこそ、文句言いながらちゃんとお世話してくれて、ありがとうございます。”

お前が俺を選んだあの日から、
俺の願いはもう、ずっと、叶ってんだ。

“あなたこそ、僕の願いを叶えてくれた。”

ああ、そうさな、じゃあ。

俺が眠るまで、手を繋いでてくれよ。
いつも、みたいに。

“そんなの、願いごとに入りませんよ。”

そうか、それは、困ったなあ。


まんまる月が綺麗な夜に、旅人はそっと眠りについた。

エトラの実は願いごとを叶えるために、目覚めるまでにためた力を使い込む。そのため願いを叶え終えたら弾けて消えて、それで終わり。
けれどもエルテは最後の力を使い切らなかった。

妖精は、苗となった。



エトラの木は世界で一番大きな木。
羨望の丘のてっぺんで、雄大にバーンと聳え立つ。

その、横で、一本の新しい若い木が一つ。
おすまし顔して生えている。
その、小さな木は、エルテと呼ばれ、エトラの木と合わせてエトラの民から未来永劫愛されたのだ。

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