見出し画像

小説:雷の道(水曜日)#06

朝起きると、母親が朝食の支度をしていた。
母は無口な人で父はおしゃべりな人だった。
普通逆なんだけど我が家はそうだった。
高校生の頃までは何とも思わなかったんだけど。

「父さんは?」

「まだ寝てるわよ。
最近よく寝るのよ。
普通逆なんだけどね。
それにしてもあんた、昨日は遅かったのね。
遅くなるなら遅くなるってちゃんと言いなさい。
お父さんも待ってたのよ。
結構楽しみにして。
あの人が楽しみな事を待つなんて滅多にない事なのに。
お姉ちゃんも夕方まで居たのに。
それなのにあんたは突然連絡してきて、今度は何の連絡もなくて、ちょっと聞いてるの?」

十五年経つと、色んな事が変わる。


家に居ても落ち着かないから、出かける事にしたんだ。
仕事には期限がある。
休暇中とはいえ、少しでも前に進めておきたいからね。

家を出るとレンタカーで建築予定地に向かった。
駅から離れた辺鄙な場所。
だけど高速道路のインターがあり広域的な集客が見込める。
だからアウトレットモールを計画した。
妥当な選択だ。

最近になって地権者の意見がまとまりつつあった。
でもまだ公表出来る段階ではない。
だから予備調査として僕が担当となり現地に向かう事になったんだ。
土地勘があり目立たず経費が安くて済む。
合理的だ。

事前に入手した付近の見取り図、公図、土地謄本、道路に関する資料、それらを基に計画した配置図、平面図、などの情報がタブレットに入っている。
昔は全てを紙で持ち歩いていた。
進化。
だけど土地だけは昔のままだ。
土がありそこに権利がある。
とても面倒くさい。
受けついだものほどややこしい。

現地に着くと見渡す限りの水を張った田んぼだった。
穏やかで複雑な大人の気配は感じられなかった。
未来永劫この風景が続く。
過疎の町で誰がいったい、この平穏で自然いっぱいの世界をコンクリートに作り替える事を思いつくだろう?
この土地とは無関係の誰かが考えたからだ。
机の上で。

僕は計画地をくまなく歩きまわった。
衛星写真と公図を基に起こした配置図を検証した。
現場に立つと見えないものが見えてくる。
そしてあるはずのない水路を見つけた。
背中に汗が伝った。でもまあ良い。
こういうことはよくある事だ。
その為の調査だ。

現地を後にすると市役所に向かった。
ウェブ上の調査の裏付けをするためにね。
あらゆるデーターが全て更新されているとは限らない。
現場は生ものなんだ。
日々、移り変わっていく。
それにどこかに落とし穴があるかもしれない。

エントランスに入ると若くて綺麗な女の子が受付に座っていた。
僕はホッとした。
少なくとも僕の知り合いではない。
狭い町だ。
知り合いにはなるべく会いたくない。
特に高校の同級生には。
いちいち説明をしたくないからさ。
何故帰ってきたのか。何故ずっと帰らなかったのか。
僕は誰からの誘いも断り、無視し続けてきたからね。
ちっぽけな男なんだよ。僕は。

都市計画課、建築指導課、土木課、開発課、下水道課。
方々回ったけれど、知り合いは居なかった。
そもそも高校を卒業して市役所に就職した同級生は誰も居ない。
それでも大学を卒業して市役所に就職するケースだって十分に考えられる。
そういう小さな危惧が僕の中にあった。
それでもいつか僕は対峙しないといけないんだ。
いつか。

そのいつかはあっさりやってきた。

「よう、久しぶり!」
振り返ると洋介が立っていた。

高校からちっとも変わらない髪型。
進歩がないのか守っているのか。
「よう!」と返したけど声が少し上ずってしまった。

洋介は近づいてきて「元気そうじゃん」と言った。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?