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【ミステリーレビュー】雪の断章/佐々木丸美(1975)

雪の断章/佐々木丸美

1985年に映画化もされている佐々木丸美のデビュー作。


あらすじ


迷子になった五歳の孤児・飛鳥は、とある親切な青年に救われる。
その後、孤児院から本岡家に引き取られる飛鳥だったが、自由のない生活や虐めに耐え兼ね、勢いのまま飛び出してしまう。
行くあてのない飛鳥に手を差し伸べたのは、あの日に助けてくれた滝杷祐也だった。
祐也のもとで新たな生活をスタートさせて数年後。
幸せを感じていた飛鳥の心を再び曇らせる事件が発生してしまう。
本岡家の人間が毒殺され、飛鳥が第一発見者に。
内向的で繊細な心情描写により、飛鳥が大人になるまでを描く純文学的ミステリー。



概要/感想(ネタバレなし)


兎にも角にも、丁寧で精緻な心情描写に引き込まれる作品。
北海道を舞台にしていることもあって、日常と隣り合わせにある美しい自然や雪の描写も印象的だった。
序盤は、ひたすら不幸を積み重ねていくため、息苦しさを感じずにはいられないのだが、飛鳥の心の強さが救いとなっている。
一方で、祐也と暮らし始めてからの飛鳥は、その子供らしからぬ心の強さのせいで、読者はやきもきすることに。
5歳から大人になるまで、飛鳥の成長物語と見せて、飛鳥の性格は一貫して描かれており、環境が変わっていくことによる葛藤に焦点を当てた作品と言えるかもしれない。

本作は1975年の作品。
孤児の受け入れに対する扱いが、養子というより良くてお手伝いさん、悪くて奴隷といった感覚や、会社内の関係性におけるパワハラ全開の描写は現代では完全アウトで、見ていて気分が良いものではない。
ただし、本作においてはむしろ問題提起の意図を感じるので、このような作品によって実を結んだ先の未来が今であると思いたい。
ミステリーという前提で読んでいることもあって、不幸だった少女が幸せに向かって歩き始めていても、この後、何か落とし穴があるのだろうな、と手放しで喜べなかったのだが、一度折り目が入った紙は二度と元に戻らないように、一度追い込まれた人間の心情というのは、そういうものなのだろうか。
孤児心理の追体験という意味で、とてつもないリアリティを放っている。

ミステリーという点に限って言えば、弱いというのが正直なところ。
どこで景色がひっくり返るか、と構えていたところで、肩透かしにあったような気分である。
とはいえ、上記の通り本作の魅力はもとよりそこではなかったので、名作ミステリーというより、名作文学として読むのが正解だろう。



総評(ネタバレ強め)


飛鳥の性格に好き嫌いは出ると思われ、時代背景や境遇も含めて、読み進めていくうちに離脱したくなるポイントは多々ある。
我慢に我慢を重ねて、ようやく毒殺事件が発生。
よし、ここからだ!と思いきや、あまりテンポが上がっていかないものだから、逆に驚いた。
恨んでいた人間が死に、犯行が可能で、動機を持っているのは自分だけ。
冤罪を晴らすために真犯人を見つけなきゃ、というお約束の展開にはならず、そのまま事件がうやむやになったまま、時間が進んでいくのである。

それでも、退屈というわけではないのが恐れ入るところ。
大学生に上がって、別れがちらつき始めてからの展開で、大きくまくってきたなと。
毒殺事件は、あくまで飛鳥の人格形成に影響する出来事を描写したにすぎず、史郎からのプロポーズ以降は、もう怒涛のカタルシスと言っていいだろう。
史郎の手記で締めくくりとなるが、これを踏まえて、飛鳥や祐也はどうなったのかも気になってしまう。
あそこまで丁寧に心の動きを書き切っていたのに、最後の最後で読者の想像に委ねるなんてズルい演出だ。

事件について、中盤の時点で真相に近づく飛鳥。
これは完全にミスリードで、真犯人は別にいるでしょ、と信じて疑わなかったのは僕だけではないはず。
なんなら、ラストシーンを読んでいる途中でさえ、真犯人が自殺するところまでが祐也の策略か、なんて長期的なプランなんだ、と思っていたくらい。
現代ミステリーに慣れすぎて、どんでん返しに次ぐどんでん返しを期待してしまうのは悪い癖である。

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