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【ミステリーレビュー】ぼくのメジャースプーン/辻村深月(2006)

ぼくのメジャースプーン/辻村深月


第31回メフィスト賞受賞作家、辻村深月による長編小説。


あらすじ


幼なじみのふみちゃんを勇気付けようとした「ぼく」は、お母さんの家系から受け継いだらしい"条件ゲーム提示能力"を目覚めさせる。
しかし、お母さんから、この能力のことは今後忘れるように、と言いつけられていたこともあって、すっかり忘れて時間は流れる。
小学4年生になったある日、「ぼく」が通っている学校で飼われていたうさぎたちが、医大生の市川雄太によって惨殺される事件が起こった。
切り刻まれたうさぎたちの第一発見者となったふみちゃんは、心を閉ざし、言葉を失ってしまう。
「ぼく」は能力によって市川雄太に復讐することを決意。
チャンスはたった一度だけ。
「ぼく」は市川雄太にどんな条件を突きつければいいのだろうか。



概要/感想(ネタバレなし)


まず、本作がミステリーかどうかは微妙なところで、抵抗を感じる人もいるかもしれないのだが、「ミステリーレビュー」というのがこのnote上で読書感想文を書くコーナー名だということでご理解を。
とはいえ、親和性は十分に高く、ミステリー読みが読んでも面白いから書くのであって、ミステリーとしても読めるし、そうでないものとしても読める著者の懐の広さがあってこそ。
表面的な能力バトルではなく、能力を使うかどうか、使うとしてどんな条件が妥当なのか、復讐とは何かを考えながら内面から探っていく文章が絶妙だった。

"条件ゲーム提示能力"とは、特別な声によって、「Aをしろ、そうでなければBをすることになる。」と二者択一を強制する能力。
万能に見えるが、一度使った人間に対しては、二度と能力を使うことができないことなど、リスクも多い。
「ぼく」は、動物を惨殺しただけでは"器物損壊罪"にしかならず、実刑を免れた市川雄太に対して、ふみちゃんの心を壊したことについて罪を償わせたいと考えている一方で、彼が死ぬという条件は重すぎると考えている。
また、市川雄太は事件に対して何ら悪気を感じておらず、学校の生徒に対して謝罪の場を設けたいというのも、印象を良くするためのポーズでしかないと思われ、後悔や反省を促すことも難しい。
同じ能力を持つ大学教授の秋山と会話を重ね、能力を知ることで「ぼく」が最終的にどんな復讐に辿り着くのか、そして復讐は果たされるのかを考える、ある種、謎解きの問題にでもなりそうな思考ゲーム。
主人公が小学生だということもあり、いきなり感情移入とはいかないが、ゆっくりと、じわじわと「ぼく」の感情の動きを丁寧に綴っていくことで、はやく結末を知りたい気持ちになってくる。
ラストに何か待っているな、とは想像できても、どう転ぶか予想がつかないまま、終盤に進むにつれて盛り上がっていく構成も巧みである。

本当は「名前探しの放課後」を読もうとしたのだけれど、だったら先はこちらだと薦められて読んだのだが、期待値を高めるには十分だった。
もっとも、本作を読む前に「子どもたちは夜と遊ぶ」を読むべきとか、「凍りのくじら」との繋がりもあるなど、後から知った情報もあるのだが。
文庫本の帯に記載されていた"辻村ワールドすごろく"、もっと真面目に読んでおけば良かったかな。



総評(ネタバレ強め)


主人公を小学生に設定したのが、とにかく上手いところ。
大人であれば、秋山先生のように割り切って能力を使うか、関わらないかの選択になるだろうし、中学生や高校生だったら、過剰な正義感から過剰な判断を下しそうである。
善悪の判別はつくものの、その理不尽さにはじめて向き合う小学生に能力を持たせたからこそ、こんなにも葛藤し、ときには突っ走り、ときには脆く崩れてしまうのだろう。
小学生にしてはしっかりしすぎているという意見もありそうだが、小学生と暮らしている身としては、リアリティのほうが勝った印象だ。

コーヒーやマドレーヌのくだりでPTSDを示唆していたのは、いかにもミステリーらしかったギミック。
コーヒーについては、緊張していたのか、遠慮していたのか。
マドレーヌについても、作り慣れていないからムラがあるのかぐらいにしか思っていなかったのだが、まさか味覚障害とは。
味覚障害=味がしない、という固定観念があり、"甘い"という味覚表現が頻繁に出てきていたからこそ、騙されていた。
「ぼく」が精神的ストレスが溜まる状況に置かれていたのは重々承知だし、これに気付かずとも最後の行動は納得できるものの、伏線として準備しておく緻密さはさすがである。

最後、絶対に秋山先生が何か気の利いたどんでん返しを用意してくれているのだろうな、と思っていたら肩透かし。
いや、本作においては、「ぼく」とふみちゃんが能力に頼らず一歩前に進むというのが真のハッピーエンドなのだろう。
用意されていた条件が、そんなに意表を突く内容ではなかったことも相まって、自分の足で進もうとするラストが、より清々しいものになっていたと思う。

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