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【ミステリーレビュー】友が消えた夏 終わらない探偵物語/門前典之(2023)

友が消えた夏 終わらない探偵物語/門前典之

三冊分のトリックが詰め込まれたと称される門前典之の長編ミステリー。



内容紹介


断崖絶壁の館に並んだ首なし白骨死体!
「まさか!」のつるべ打ちに驚愕必至。
三冊分のトリックが詰めこまれた奇想の本格推理!

一級建築士で探偵の蜘蛛手啓司は、相棒の宮村達也からある事件の記録を渡される。
名門大学演劇部の劇団員たちが、夏合宿中、一夜にして首なし白骨死体と化した衝撃的な事件。
その詳細な記録が、連続窃盗犯の所持品から見つかったのだ。
犯人と目された人物の死体も発見され、事件は一応の決着を見ていたのだが――。

本格界の鬼才が剛腕から放つ前代未聞のトリック!


解説/感想(ネタバレなし)


建築事務所兼探偵事務所を営む名探偵の蜘蛛手と、ワトソン役の宮村によるシリーズということになるのだろうか。
ただし、本作において彼らが登場するのは、事実上の幕間が主体。
物語は、ボイスレコーダーに残っていた「鶴扇館事件」の記録と、OLの御厨が乗り込んだタクシーの運転手に拉致されるという過去の事件が交互に語れる形式で進行する。
一応、鶴扇館事件のボイスレコーダーは、宮村が蜘蛛手に依頼して聞かせているという設定があるのだが、後者のタクシー拉致事件との関連性は不明。
これはどこに繋がっていくのだろう、という疑問が湧いたまま、本の半分ぐらいを読み進めることになっていく。

まず、鶴扇館事件は、本格ミステリーのど真ん中。
大雨で道路が決壊し、孤立した館にて名門演劇部の劇団員たちがひとりずつ殺されていく。
犯人と目される人物も、ボイスレコーダーの元の所有者も死亡している「そして誰もいなくなった」形式。
遺された音声を辿ることで、真相を探っていくという形式だ。

もうひとつのタクシー拉致事件は、プレゼンのためにタクシーに乗り込んだ御厨だが、タクシーは目的地に向かわず、彼女を乗せたまま別の場所へ走り出す。
記憶を辿る御厨は、たびたび自宅に侵入されたり、ゴミを見られた形跡があったりと、自身に起こっていたストーカー被害と結びつける。
こちらは、ミステリーというよりサスペンスの様相である。

構成が複雑なこともあり、事件が発生するまでの経緯の説明等が冗長になりがち。
序盤は少し退屈気味だが、ギアが上がってからの展開は著者がやろうとしていたことを全部盛り込んだと言える複層的なトリックになっているので、我慢して読み続けるのが吉だろう。
ミステリー初心者には間違いなく薦められないが、読み慣れている読者であれば、このぐらいの複雑さと伏線回収があってこそ本格ミステリーだと言えるのかもしれない。



総評(ネタバレ注意)


リアリティよりも舞台設定。
本格ミステリーの醍醐味を追体験しつつ、現在とふたつの過去を繋ぐピースを探していくという二度、三度おいしい内容になっているのは確かだろう。
鶴扇館事件を主軸に展開されていた真犯人の悪意は、タクシー拉致事件と繋がり、最終的には現在にも浸食。
ひとつの物語として収束していくのは圧巻である。

大ネタ重視で細やかな設定に突っ込みどころがあるのは仕方ないか。
はじめから皆殺しにするつもりなら、密室トリックなどを仕掛けるより効率的な方法はあっただろうし、ボイスレコーダーに一部始終を録音されることもなかったはず。
オクトパスマンが、そのボイスレコーダーを持っていたというのも、やや強引。
エンタメ性重視のミステリーにおいては無粋な指摘とはなってくるも、ここにすっと落ちる理由があれば、ますます注目度は上がっていたのでは。

動機の弱さは評価が難しいところで、確かに、この動機でここまでやるか?というのは想像しにくい。
一方で、だから物語が成立しないかと言えばそんなことはなく、たったひとつのこだわりのために、周囲の人間関係もろともリセット出来てしまうサイコパスっぷりが、ラストシーンの不気味さに繋がっている。
記憶を取り戻した途端、あっさり元夫を殺してしまっていることから、眠っていたサイコパスは覚醒済ということ。
ここでは、"たいした動機がなくとも人を殺せる"という設定のほうが効いてくるのだ。

そして、タイトルの意味に立ち返ったときの驚き。
亡き友のために真相を探る、という展開なのかと思いきや、なかなかそうなってこない。
そして、真相がわかったところで、なるほど、”友"とはそういうことかと。
結局真犯人は自分のことしか考えていなかったのだな、とゾッとするのである。
ダブルミーニングで、蜘蛛手にとって、宮村が消えた夏ということにならないと良いのだが、はてさて、ここの続きは描かれるのだろうか。

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