見出し画像

【ミステリーレビュー】レモンと殺人鬼/くわがきあゆ (2023)

レモンと殺人鬼/くわがきあゆ

第21回「このミステリーがすごい!」大賞・文庫グランプリを受賞したくわがきあゆの長編ミステリー。



あらすじ


十年前、洋食屋を営んでいた父親が通り魔に殺されて以来、母親も失踪。
美桜と妃奈は、それぞれ別の親戚に引き取られ、不遇な日々を送っていた。
ある日、妹の妃奈が他殺体で発見される。
被害者であるはずの妃奈なのだが、生前、保険金殺人を行なっていたのではないかという疑惑が持ち上がり、美桜の周囲にもマスコミが集まるようになる。
姉の美桜は、様々な出会いも重なり、妹の疑いを晴らすべく、行動を開始していく。



概要/感想(ネタバレなし)


どんでん返しが押し出されすぎてしまうと、少し萎えてしまう。
この小説は叙述トリックが肝である、というのを公言するのと同義だからだ。
この「レモンと殺人鬼」も、そんな"どんでん返し"が評価されての"このミス"大賞。
楽しみが半減した気持ちと、それでも騙されたいという気持ちの板挟みになるものの、好きか嫌いかで言ったら、どんでん返しは好きである。
紹介してもらわないことには、なかなかどんでん返しの名作には出会えないという実態も踏まえると、確実に面白いとわかっていたら読むしかない。

父親が殺されて以来、絵に書いたような不幸な少女人生を送ってきた美桜。
あらすじを見た段階で、序盤は重々しい空気が漂っていることも覚悟していたのだが、卑屈すぎるきらいはあるも、そんなに鬱々とした印象は受けず、読み口はライト。
完全に孤立しているというわけでもなく、各方面から協力者も登場するので、真実の後には、爽やかな読後感が待っているのでは、と錯覚してしまうほどだ。
作品の性質上、中盤以降にぐんにゃりと視界が歪んでいくのは避けられないけれど、読みやすさやテンポの良さは変わらず維持されているのが嬉しかった。

大きく、妹の保険金詐欺疑惑の真相を暴こうとジャーナリストの真似事をする前半と、父を殺した殺人鬼が出所後、行方をくらませているという情報から、自らに迫る危機に怯える後半に分けられる。
それぞれに、しっかりとした背景が書き込まれているのもポイントなのだが、比較的正統派の探偵モノとして進行する前半に対して、次々と新事実を持ち込んでは、ジェットコースター的に加速度を高める後半の展開は刺激的としか言いようがない。
こいつ、裏の顔がありそうだな、という予想は、おそらく当たる。
それでも、そこを当てられても痛くも痒くもない、と言わんばかりに更に展開してくる仕掛けの巧妙さ。
強引さはあるが、一気に読ませるスピード感は、どんでん返しもここまで来たか、といったところだろう。



総評(ネタバレ強め)


叙述トリックと言ったら、定番は主観人物が犯人であること。
序盤、美桜が妹の潔白を晴らすことに主眼を置きすぎていて、あまりに犯人への関心が見られず、犯人=美桜なのだろうな、という主人公サイコパス説を軸に読み進めていたのだけれど、中盤であえなく撃沈。
主人公にも裏の顔があったという点では、大きく空振りしたというわけでもないのだが、二重人格でもなければ、この怯え方は、犯人は別にいるのだろうと考えを改める。
その頃には、概ね、二択に絞り込める状態になっていて、協力者と言える立場の渚と桐宮のどちらかが犯人に見えてくる、というのが著者の展開の巧いところであった。

そして、その状態で読者を泳がせるのが、更に巧み。
ふたりにはそれぞれ、こいつはヤバい奴だったと明らかになるシーンや、回想の中の人物であったことが判明するシーンが用意されていて、自分の推理が当たったのでは!とドキドキさせられるのだが、それもすべてはお釈迦様の手のひらの上。
どんでん返し、という前提を頭に入れすぎていて、短絡的に主人公に近い意外な人物が犯人、という思考に陥ってしまっていたことに気付かされる。
オチだけ見れば無理ゲーだろ、と突っ込みたくなる気持ちが出てくるかもしれないけれど、そこまで上手く誘導されてしまったことに、してやられたという気持ちが大きい。

事件がどう収束したのか、渚は、桐宮は、そして美桜はどうなったのかなど、詳細に語られずに幕を閉じてしまう節はあり、後日談は気になるところ。
オチをつける際のインパクトに全振りした結果、後始末は読者の推測に丸投げした形だが、失った前歯と不幸体質を結び付けて家族を呪った美桜が矯正を決意したことを、光と捉えるべきか闇と捉えるべきか。
判明した美桜の才能、どうやったら活かせるのだろう、なんてのも含めて、考察が滾るラストシーンではあったかな。

#読書感想文

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?