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【ミステリーレビュー】名探偵のはらわた/白井智之(2020)

名探偵のはらわた/白井智之

姉妹作である「名探偵のいけにえ」もヒット中の白井智之による特殊設定ミステリー。


あらすじ


農薬コーラ毒殺魔、局部切断女、そして恐怖の三十人殺し。
昭和史に残る極悪犯罪者たちが地獄の淵から甦ってから、現代日本では猟奇殺人が後を絶たない。
少年時代に救ってもらった名探偵・浦野灸に助手として従事する"はらわた"こと原田亘は、とある事件に関わった結果、過去の猟奇殺人者たちを再び殺し、日本に平安をもたらすための調査に巻き込まれていく。
伝説の名探偵は、推理の力でこの異常事態を収束できるのか。



概要/感想(ネタバレなし)


最初の章で、特殊設定が生まれた背景を、後続の章で、名探偵vs甦った殺人犯を描いていく、連作短編のようなスタイルを取っている。
短編集とは似て非なる構成であり、読む順番も重要になっているので、事実上の長編と捉えても良さそうだ。
設定の説明のために、不可解な放火殺人「神咒寺事件」を最初に挿入しているのだが、導入だからといってなかなかどうして侮れない。
この章の中で亘の過去に触れたり、事件としても推理ミスからの挽回を試みたりとドラマ性がしっかりあって、単体で十分に読み応えを感じられる正当派の本格ミステリーが展開されていくのだ。
そのため、肝である特殊設定ですらネタバレになってしまう危険性があるから、注意しなければならない。

もっとも、あらすじ等で可視化されているので、過去の猟奇犯罪者が甦る、というところは語っても問題ないだろう。
地獄で鬼となっていた犯罪者たちが、とある事情で現世に放たれ、誰かに憑りついて当時日本を騒がせた事件の再現に動く。
肉体が存在しないため、特定の条件を満たせば憑依する相手を乗り換えられるのもポイントだ。
なかなか痺れる条件の中で、エスカレートしていく猟奇殺人をある程度のところで仕留められるか、というサスペンス性も魅力となっている。

白井智之と言えば、グロテスクな要素を含む特殊設定ミステリーを得意とする作家。
ましてや、タイトルが「名探偵のはらわた」なのだから、さぞかしグロいのだろうと思いきや、彼にとってはライトな方らしい。
確かにエグい言葉は出てくるけれど、猟奇殺人が絡むミステリーであれば、このぐらいは許容できるだろう、という範囲内か。
飛び道具が多いように見えて、実はロジックが丁寧に紡がれている。
特殊設定化において、論理的なミステリーを成立させている点は、さすがは奇才といったところだ。



総評(ネタバレ強め)


まず、「神咒寺事件」のエンディングで、本気かよ、と呟いたのは僕だけではあるまい。
心酔している名探偵を失い、人鬼がわんさか地上に舞い降りるデストピア。
亘の覚醒待ちにはなるが、この時点では推理に失敗したばかりでいかんせん頼りなく、半端ない絶望感が訪れる。
どんでん返しも多いミステリーの世界ではあるが、純粋な絶望という点で、このインパクトはなかなか超えられないのでは。

そういえば、最初に引っかかったのは、亘が愛読していたという古城倫道が登場する探偵小説。
金田一耕助が実在の人物として描かれている世界観で、金田一と並べられるほどの名探偵を知らないとは、自分もまだまだ未熟だなと思っていたのだが、なるほど、この展開があるから明智小五郎では駄目だったのか、と妙に納得してしまう。
本作における名探偵の正体と、人鬼にかかる情報が入ったところで、ようやく絶望が晴れ、本作の持つ独特のユーモアにも馴染めるようになってきた。
ここまでで既に2/5ほどのページを費やしているので、かなりスロースターターなミステリーと言えよう。

ここまで来れば、あとは加速度マックスで読み切れてしまう。
まず、過去の猟奇殺人に、当時の報道とはまったく異なる解釈を見出し、人鬼を探り当てるヒントにしていく多重解決性が面白い。
事件名や事件概要を見れば、実在の事件をモチーフにしているとすぐに理解できるだけに、フィクションとわかっていても興味深さが勝る。
新説として提示されたら、都市伝説として定着しそうな完成度だ。

そして、人鬼との対峙方法も独特。
単純に犯人を暴いておしまい、ではなく、殺してしまわないとすぐに次の体に憑りつき直して、ゼロからのやり直しになってしまう。
だから殺すしかないのだが、それだけに推理ミスも許されないという緊張感があって、名探偵の役割の重みが増していた。
それだけに、亘の成長と照らして、ラストの展開が熱いものになっている。

一応、すべての人鬼を退治するには至っていない状態。
抗争中のヤクザや、交際相手のみよ子など、周辺のキャラクターも立っているので、続編も期待したいところだったが、「名探偵のいけにえ」はあくまで姉妹作ということのようで、純粋な続編が書かれるかは不明瞭。
傷を負ってしまった名探偵の安否も気になるところだけれど、満を持して金田一耕助が復活する続編が出るなら、購入は即決なのだが。

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