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【ミステリーレビュー】アリス殺し/小林泰三(2013)

アリス殺し/小林泰三

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小林泰三による、メルヘン殺しシリーズの第一弾。

特殊設定ミステリーを飛び越えて、SFの域。
アリスの世界観がモチーフとなった夢の世界と、現実世界を行き来して、不可解な事件の真相を探っていくダークファンタジー色の強いミステリーだ。

連日、不思議の国に迷い込んだアリスの夢ばかりを見ていることに気付いた大学院生の栗栖川亜理。
夢と現実はリンクしているようで、ハンプティ・ダンプティの墜落死の夢を見た直後、玉子というあだ名の研究員が屋上から転落死、夢でグリフォンが生牡蠣を喉に詰まらせて窒息死すると、牡蠣を食べた教授が急死する訃報が入っていた。
ハンプティ・ダンプティ殺害容疑がかけられたアリスは、夢の世界で死刑になれば、現実世界でも死んでしまう可能性が高いため、亜理は、同じく夢の世界を行き来していることが判明した井森とともに、真相究明に乗り出すことになる。

ポイントとしては、ハンプティ・ダンプティの殺害現場にいたのはアリスだけという白兎の証言崩しと、真犯人は誰か、という正統派のフーダニット。
ただし、夢の世界の住人は間抜けばかり。
会話にならない会話が続き、まともな探偵行為もままならない。
加えて、その真犯人は現実世界では誰なのか、という問題もあり、これは本シリーズならではの要素と言えよう。
井森の夢の世界での姿は、"蜥蜴のビル"。
普段の切れ者感をまったく感じさせない間抜けっぷりに、コミカルと感じるかストレスフルと感じるかで評価は割れそうだが、本当は怖いおとぎ話を地で行くストーリーには、どうしても引き込まれてしまうのである。

犯人当ての後にも、どんでん返しが用意されていて、その手の仕掛けが好きな人にはたまらない内容かと。
誰にでも薦められるミステリーではないが、特殊設定に抵抗がなく、ビルとの間抜けな会話に苛々しない心の余裕があれば。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


アリスモチーフで、主人公が栗栖川亜理。
ミステリーを齧っていれば、どうやったって有栖川有栖が脳裏に浮かぶのだが、まさかそれが大オチのための伏線だったとは。
別の名前だったとしても、そう仕向けるように書かれてはいるものの、名前のインパクトによって、より無条件に受け入れていたというか、完全に意識の外に追い出されてしまったな、と。

また、シリーズ第二弾以降も、井森は"蜥蜴のビル"になって登場するらしい、という情報が先に入っていたのも、結果的には邪魔になってしまった。
途中で、夢の世界の猛獣に食い殺されるビル。
井森=ビルというのがミスリードで、あるいは警察と井森が組んで死を偽装していて……と、井森が生存する前提で考えを組み立ててしまったので、そりゃ、最後の最後まで騙されるわけだ。
ここからどう転がすのだろう、という純粋な興味もあり、その意味でも続編が気になってくる。

フーダニットについては、ちゃんと読んでいれば、察しが付く。
選択肢もさほど多くないので、そこはお構いなし、ということだろう。
それでも、想像できなかった方向に話が転がり、真相が明らかになってからも二転、三転とひっくり返してくる仕掛けにはワクワクさせられた。
会話の進まなさに対して、作品のテンポは案外悪くないのだよな。
アリスのキャラクター設定に詳しければ、これ以上に楽しめたのかもしれないと思うと、少し悔やまれる。
邪道も邪道な設定であるが、なるほど、話題になるのも頷ける作品だった。

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