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【ミステリーレビュー】恋と禁忌の述語論理/井上真偽(2015)

恋と禁忌の述語論理/井上真偽

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第51回メフィスト賞を受賞した井上真偽のデビュー作。

読みは、"こいときんきのプレディケット"。
大学生の詠彦が、天才数理論理学者・硯に殺人事件の"検証"を依頼するという形式で進行する。
題材となるのは、ワトソン体質である詠彦が巻き込まれた3つの事件。
それぞれ幼馴染の姉・藍前あやめ、大学の先輩・中尊寺有、奇跡を求める私立探偵・上苙丞が探偵役としてひとつの解を導き出すのだが、硯が数理論理学的アプローチで事件に向き合うことで、事件の別の顔が浮かび上がってくるという二段構えの構造だ。
シンプルに硯を安楽椅子探偵にすることも出来たのだろうが、間に個性的な名探偵を配置することで、多重解決的な要素やどんでん返しを作り出す。
エピローグでの伏線回収も見事で、この作者は、メタ視点をひとつ噛ませたミステリーが得意分野なのだろうなと。

本作の肝は、ずばり数理論理学。
理系ミステリーというと、化学反応を使ったトリックや、プログラミングや数学の知識を要する暗号パズルを思い浮かべてしまうのだが、ミステリーそのものを論理式に組み替え、矛盾がないかを検証するという方法論は、あまりにも斬新であった。
では、何故今まで誰も手を出さなかったのだろう、というのも明確で、常人には理解できないからに他ならない。
本作においては、理解できないことを理解すればよい(何なら、読み飛ばしてもOKな)数理論理学のレクチャーが幾度となく差し込まれ、結局、詠彦も理解できないことから、一般的なミステリー風の解説へと移行するという仕様になっていて、理系の学問が苦手であっても特に問題なし。
ある種の衒学主義な側面を持ちつつ、その読者を置いてきぼりにする難解さを硯の個性と認めさせてしまうことで、読みやすさを維持しているのである。

身近に名探偵が複数存在し、殺人事件が頻発している状況や、叔母と甥の関係であるはずの詠彦と硯に恋愛フラグが立っている描写など、やや本格ミステリーとしてはエンタメ性に寄せすぎている部分はあり。
ライトな作風とも、難解な作風とも受け取れる奇の衒い方に、いけ好かないと感じる読者層もいそうだなとは思うものの、新進気鋭的な勢いはとても鋭く、個人的には"面白い"が大幅に上回っている印象。
上記の違和感についても、最後まで読めば、驚きとともに、ある程度の納得感が得られたのでは。

なお、レッスンⅢで登場する上苙丞は、「その可能性はすでに考えた」シリーズでも探偵役として再登板。
これだけキャラの濃い探偵を使い捨てするのは、やはりもったいないと考えたのか。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


それにしても、実際にはほとんど台詞のない藍前ゆりの存在感たるや。
確かに、ショックで引きこもるのは過剰反応な気がしていたが、この結末が待っていたか。
実質的な短編集と思いきや、ひとつの軸で繋がっている話だったというエピローグでの回収が鮮やかで、結果的にミスリードをしていた探偵役に名誉挽回のチャンスを与える、スピンオフも見据えた良オチだったのでは。
あやめのみ、硯と同じ条件下で実際に推理を間違えていることにはなるのだが、この場合、ゆりの次の行動を推察して、敢えて事故と伝えた可能性が高い。
硯の検証による真相判明後に、詠彦がどのような行動をとったのかが明記されなかったことについても、こういう裏があったのかと何重にも驚かされた。

身も蓋もないことを言えば、数理論理学が無敵というよりも、硯が細かいヒントを見逃さずに拾い集めているからこそ解決できている側面はあるのだが、そこはご愛敬。
案外、語り手としての詠彦のポテンシャルのほうが大きかったりして。
上苙が再登場しているだけに、詠彦&硯のコンビでの続編にも期待したいところなのだが、物語としてはこれで完結している気もするだけに難しいだろうか。
続編を書くなら、詠彦がゆりの闇落ちを止めることができたのかどうかも描く必要があるし、年齢や婚期に関する硯のコンプレックスについては、ちょっと過剰感があるというか、時代に合わせたカスタマイズをしないと魅力を損なう原因にもなりそう。
そもそも、検証という特殊な立ち位置が新鮮さを持てるのも、この辺りが上限値なのかもしれない。

しかしながら、この作者であれば、そのぐらいのハードルは飛び越えてくれそうな予感があるのも事実。
メフィスト賞受賞は、伊達ではなかった。

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