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【ミステリーレビュー】さよなら願いごと/大崎梢(2020)

さよなら願いごと/大崎梢

 元書店員のミステリー作家・大崎梢による長編ミステリー。


あらすじ


小学生の琴美は、夏休みの間、季節労働者として働きに来る「佐野くん」を心待ちにしていた。
そんな中、近所で盗難事件が発生。
琴美は、佐野くんの推理力を当てにしながらも、不思議な事件の解決に挑む。

中学生の祥子は、片想いの相手・土屋と話す機会が増えて喜んでいたが、舞い上がるのも束の間、母親の疑惑が付きつけられる。
そして、それはやがて三十年前の女の子の殺人事件の謎とつながっていく。

高校生の沙也香は、新聞部の企画で町にある廃ホテルについて調べることになった。
そのホテルは、隣町との道路誘致闘争に負け、完成する前に建設中止となっていたことが判明。
そして、そこには思わぬ事実が横たわっていた。

のどかな田舎町に潜む謎。
それぞれは、ひとつの事件で繋がっていて・・・



概要/感想(ネタバレなし)


主人公は、とある田舎の子供たち。
それぞれ接点のない、学年もバラバラの3人が各章の主人公となっているため、日常の謎を切り取った連作短編かと思っていたのだが、読んでいくうちに、ひとつの殺人事件で繋がっていることに気付かされる。
実際、最初の盗難事件では、佐野くんの推理力を示すために日常の謎をいくつか挟むだけに、ミスリードさせられた読者も多かったのではないだろうか。

琴美は、事件を怪談や冒険の延長線上に捉えている節があり、調子に乗って無茶をした後、怖さが勝ってパニックになる描写などは、なかなかリアルと言えよう。
一方で祥子は、青春ミステリーど真ん中といった装いで、瑞々しい。
性格の違いもあるのだろうが、恋愛絡みでは無茶をしても、事件への介入には消極的という印象だ。
沙也香の世代になると、さすがにスマホを使いこなしていて、これが現代劇であることを思い出させてくれる。
子供たちといっても、小学生と高校生では、見ている世界がだいぶ異なるので、その点でも、それぞれが独立した短編であると見誤っても無理はないのである。

もったいないのは、キャラクターの弱さ。
例えば、新聞部のメンバーについて、特に男性陣に個性が見いだせないまま終わってしまう印象。
沙也香以外はモブということで良いのかもしれないが、部活モノの青春要素を織り込むなら、もう少し掘り下げても良かったとは思う。
言ってしまえば、主人公にしてもまだまだ書き込む余地はあるよね、といったところで、思い切った行動に出たときの説得力を高めるには、もう一歩踏み込んで内面を語ってほしかった気もするな。



総評(ネタバレ強め)


ネタバレになるのでこちらに書くのだが、時系列をミスリードさせるブラフが巧みであった。
琴美の視点では、昔ながらの日本の夏休みを連想させるし、彼女たちが30年前の殺人事件に考えが及ぶはずもない。
そのうえで、第1章の引きが琴美のピンチシーンだ。
祥子の話でこの土地で殺人事件があったことが明らかになり、被害者が琴美と同じ小学4年生だったとなれば、読者は第1章こそ30年前の事件の描写だったのではないか、と疑わざるを得ない。
文字にするとあからさますぎて、いかにもブラフなのだが、実際に読んでいると、"同時代の物語と見せかけて時系列にひらきがある叙述トリック"を見破ったぞ、という気持ちが先立ってしまうのだ。

むしろ、ここに引っかかっておかないと、帯にある「見ていた世界がひっくり返る」どんでん返しは起こらない。
ここが本作のコンテクストの高い部分で、素直に読んでいると、ずっと燻っていた冤罪事件の犯人はこの人でした、というのが明るみになるだけで、「琴美もチカも生きていたのか!」という興奮が味わえない仕組み。
その辺が、賛否両論が分かれたところかな。

結局、占い師のおばあちゃんはどういう立ち位置だったのか、など伏線に見えたが何でもなかった部分が多かったり、真相の大半は新聞部が探り当てていて、振り返ってみると3つの事件のリンクがさほど強くなかったりと、ギミックの面白さを活かしきれていなかったのも惜しい。
そういう意味で、置き所が難しい作品なのだが、子供ならではの視野の違いを上手く使って時系列を誤認させ、読み慣れている人ほど騙されるフェイントに全振りしている思い切りの良さが衝撃的。
個人的にはしばらく余韻が残る作品であった。

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