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【ミステリーレビュー】秋山善吉工務店/中山七里(2017)

秋山善吉工務店/中山七里

編集者の無茶振りを全部取り込んだという中山七里のホームドラマミステリー。


あらすじ


ゲーム会社を辞め、無職となった父・史親の部屋からの出火で家と主を失った秋山家。
残された妻の景子、中学生の雅彦、小学生の太一の三人は、史親の実家に居候することになる。
昭和の頑固おやじを絵に書いたような祖父、秋山善吉を苦手としている雅彦に対して、すんなり祖父母の家に溶け込む太一であったが、やがて、学校でいじめの対象になってしまう。
同じころ、雅彦は紹介されたバイトがヤクザと繋がっていて、景子はモンスターカスタマーの餌食に。
更に、警視庁捜査一課の宮藤が、秋山家の火災は放火だったのではないか、と探りを入れ始める。
一家に降り注ぐ数々のトラブルに立ちはだかるのは、いつでも善吉であった。



概要/感想(ネタバレなし)


アットホームな家族もので、スリリング。
社会問題をテーマにしつつ、スピンオフが作れるキャラクター性も重視。
もちろんミステリーでどんでん返しもあるけれど、読後感は爽やか。
これらが編集者のオーダーだったようだが、ここまで縛ってしまうと、ほぼネタバレだよね、と。
一定水準以上のクオリティで物語を作り上げてしまう作家の凄みを感じる一方で、想像を超える驚きは与えにくい企画になっていて、もったいなさも感じてしまう。

序盤はある種の人情モノ。
家族が抱えるトラブルは、イジメに闇バイト、モンスターカスタマーと、確かに社会問題を反映している。
あまり読みたくないな、という陰湿な内容が続くものの、だからこそ毅然と立ち回る善吉が登場して以降のスカッとする展開は快感。
特に雅彦を助けるくだりにおいては、ミステリー要素皆無の力技で、完全に割り切っているのがかえって面白い。

ミステリーとしての質感が強まるのは、後半以降だろうか。
それまで、善吉と秋山一家の溝が埋まっていく過程が描かれていた分、その中に犯人がいるかもしれない、という不穏さを一滴混ぜ込む効果は抜群。
誰も犯人であってほしくないという状況は、ミステリーにおいてはこれ以上ないスパイスとなる。
真相に至るまでの難易度はやや易しめだが、そこに至る頃にはキャラクターへの愛着が深まっており、ではそれに対して善吉はどう立ち向かうのかという期待に興味が続くことに。
無茶振りのハードルによって複雑な設定になるかと思いきや、案外、何も考えずに一気読みできる作品であった。



総評(ネタバレ強め)


縛りがあったから、この作品が出来上がったのか。
縛りがなくても、構想はあったのか。
前述のとおり、太一や雅彦のトラブルについては、あまりミステリー的な解決方法ではなく、前者は正統派の教訓モノ、後者は暴力とコネで解決するという全知全能っぷりを発揮。
中山七里だし、それらも伏線になっているに違いない、と善吉が実は黒幕で、一家をまとめるためにトラブルを自演していたまで考えたが、見事に関係ないという。

景子の話になって、ようやく知恵で応戦するスタイルになり、ミステリー×ホームドラマといった様相になるのだが、それ以降は火事の真相に話題が集中してしまうので、もう少し早くこれが欲しかった。
他方、火事の真相については引っ張りすぎの印象で、ある程度推測が出来てしまうにも関わらず、話が進まない。
もっとも、そののらりくらりこそ善吉の目的でもあったのだが、善吉の性格を踏まえると腑に落ちない部分もあり。
最終的に、真意が本人からは語られないもやもやも、気にならないといったら嘘になる。

昔気質のおじいちゃんが、家族や近所のトラブルを工務店ならではの方法で解決する、というだけでシリーズ化できそうなところ、ミステリーに引きずられすぎた感があるのかな。
娯楽作品として面白いのは間違いないし、感傷的なラストシーンも悪くないのだが、編集者の縛りがなければ、もう少し整理できた気がしないでもない。
ただし、なるほどと思わせたのは、"スピンオフが作れるキャラクター性"の項目。
この結末であれば、続編を作るとしたらスピンオフにせざるを得ず、そこを狙ってのオチだとすればさすがである。

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