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【ミステリーレビュー】刺青殺人事件 新装版/高木彬光(2013)

刺青殺人事件 新装版/高木彬光

神津恭介シリーズの第一作目となる高木彬光のデビュー作。


あらすじ


元軍医・松下研三は、高名な彫師の娘・野村絹枝の背中に掘られた大蛇の刺青に魅了され、誘われるがままに彼女の家に赴いた。
しかし、そこで見たのは、鍵のかかった浴室内に転がる女の片腕。
何者かに胴体が持ち去られるという異常性を含んだ、密室殺人であった。
自力での解決に行き詰まった松下は、天才的な頭脳と美麗なルックスを誇る神津恭介に事件のあらましを話し、助力を求める。



概要/感想(ネタバレなし)


江戸川乱歩の推薦により、1948年に本作でデビューを飾った高木彬光。
1953年には、現行の版である改稿が行われ、当初の約二倍の文量になっているという。
著者は1995年に亡くなっているが、国内密室殺人を語るうえでは横溝正史の「本陣殺人事件」とともに必ず登場する代表的な古典ミステリーとして現代も読み継がれており、本作は実に初版から60年経った2013年に発表された新装版。
ミステリーとしての純度の高さも然ることながら、戦後間もない時代における刺青文化という表には出てきにくい大衆風俗を追体験できるのが面白かった。

顔のない死体、というのは今も昔もミステリーでよく登場するお約束だが、胴体のない死体となると、ぐっと限定的になるのでは。
刺青に魅せられた人物たちを描く本作の世界観においては、背中こそが顔以上に個人を特定するパーツになっているのが興味深い。
この時代の探偵小説らしく、名探偵は後半に出てきてスマートに解決する、という構成。
しかし、なるほど、神津恭介人気があれだけ高いのには頷ける。
キャラクターとしての個性がしっかりと立っていて、完璧ではあるがとっつきにくい雰囲気もない。
知人の松下を視点人物に置いたことで、唐突感を出さずに彼の性格に踏み込めたのも、絶妙な設定と、彼の筆の上手さだろう。



総評(ネタバレ注意)


トリックについては、さすがに古臭さを否定できない。
要するに顔のない死体の亜流であり、刺青のあるべき体を持ち去っている時点で、犯人があっさり特定できてしまう。
もちろん、一筋縄ではいかないように仕掛けはしてあるのだが、それを解消するためのヒントもあからさまに提示されるので、結末は見えやすかったのではないかと。
これが、古典であることを踏まえ、定番のどれかのパターンに当てはまるだろうとメタ的に読んでしまっているからなのか、当時からわかりやすいトリックだったのかは、読んでしまった今となっては判断しきれないものの、ある意味、徹頭徹尾でフェアであったと言い換えられようか。

もっとも本作の価値は、日本家屋における唯一密室が成立する場所として、浴室だからこそのトリックを考え抜いていること。
機械トリックだけであれば(それも浴室の特性を上手く使ってはいるのだが)やや物足りないとなっていたところに、心理トリックも加わるロジックの鮮やかさは見事。
それだったらアリバイトリックについても、コールドリーディングによって協力者を追い込むのではなく、ロジックで真犯人を追い詰めてほしかったな、とは思うけれど、本格推理のエンターテインメント性を損なうものではないし、絶対的なアリバイを崩すという本格推理の醍醐味は十分に味わえた。

まぁ、囲碁や将棋で相手の性格を見抜き、犯人かどうかを見定めるというのは、さすがに演出が過ぎるとは思うし、突っ込みどころなのだけれど、どんな知的ゲームでも理想の展開に誘い込むことが可能な神津の万能っぷりを見せつける場面が必要だった、ということにしておこう。
奇をてらう必要のない、古典だからこその直球ストレート。
3/4世紀前の小説、ということでかまえていたほど、文章の硬質さとしての読みにくさはあまり感じず、長く愛読される理由にも納得である。

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