【ミステリーレビュー】六人の嘘つきな大学生/浅倉秋成(2021)
六人の嘘つきな大学生/浅倉秋成
就職活動をテーマに展開される、浅倉秋成の一風変わった青春ミステリー。
あらすじ
成長著しいIT企業"スピラリンクス"に入れば、開かれた未来が待っている。
最終選考に残った6人の就活生に与えられた最後の課題は、1ヵ月後にグループディスカッションを行うというもの。
内容によっては全員を採用するということから、波多野祥吾を含む学生たちは、それぞれの持ち味を活かして事前対策を行うことに。
しかし、交流を深めて、あとは結果を残すだけというタイミングで課題の変更が通達される。
それは、"6人の中から1人だけ内定者を決める"こと。
人生を賭けたグループディスカッションが開始されると、それぞれの悪事を告発する封筒が見つかって、議論は思わぬ方向に転がっていく。
概要/感想(ネタバレなし)
物語は「就職活動」と、「それから」の二部構成。
「就職活動」では、波多野祥吾を視点人物に据え、スピラリンクスの最終課題までの経緯が語られる。
素晴らしい学生たちとの交流が一転、誰を蹴落とすかのデスゲームに変わっていくのだが、"就職活動"である手前、思い切った行動に移すことは難しい。
議論の体裁は保たれたまま、30分に1回の投票を通して変わっていくパワーバランスが面白く、インタビューに答えるような形式で、事実上の脱落者を知らせる構成も新鮮味があった。
「それから」は、採用試験から数年後の話。
"犯人"の死をきっかけに、主人公は、最終課題で起こった事件について振り返ることになる。
途中で挟まれるインタビューは、その一環で行われていたと明らかになるのだが、解決したと思っていた事件の裏側で、実際は何が起こっていたのか。
真相に迫る過程で回収される伏線の数々に、圧倒されること請け合いだろう。
就職活動のジレンマを問題提起しつつ、ドロドロしそうなテーマを、爽やかな読後感に再構築していく手腕も見事。
このテーマで青春ミステリーとしての体裁を保ちつつ、どんでん返しに次ぐどんでん返し。
理性的に驚かせてくる温度感は他に思い浮かばない。
この構成力があれば、話題になるのも必然というもので、なんだかんだ、主要な登場人物の全員に、愛着が湧いてしまった。
総評(ネタバレ強め)
"絶対に騙される"というコピーを打たれてしまうと、何を疑えばいいかがわかってしまうのが、ミステリー読み。
「就職活動」を読んでいる段階で、こういう展開になるだろうなという推測は立っていて、概ねその通りになった。
ひとつの中編として成立しているものの、これで終わってしまっていたら、平凡な作品と言わざるを得なかっただろう。
本筋は「それから」に入ってから。
解決したと思っていても、どこかで燻っていたもやもやが伏線となって立ちはだかり、見えていた景色がガラガラと崩れていく。
主人公の交代は、"犯人"が死んでいるということが示唆されているため想像できたが、"内定者"が真犯人だと思わされていたのは、完全にミスリードだったようだ。
緻密だなと思ったのは、主人公の交代が自然に行われたことで、読者から見れば情報が揃っている状態でも、それぞれの登場人物には欠けている情報があるということ。
ミステリーを読んでいて、なぜいかにもハズレな選択肢から思いつくのだろう、と訝しく思うことは往々にしてあるものだが、本作の場合、その人物がどうしてそのように思考の変遷を辿ったのか、に納得感があるのだ。
優秀な人物という前提があるので、与えられている情報を鑑みれば、最善の選択肢を選んでいる。
だけど、情報が足りないので、ミスリードしてしまう。
答えに辿り着くまで、このプロセスを丁寧に踏んでいるので、最後はひらめきの要素もあるとはいえ、"フェア"であったと言えるだろう。
著者が本作に込めたメッセージは、就活で身の丈以上を求められるジレンマに対する問題提起か。
就活も採用応援も経験している身としては、双方の立場で共感せざるを得ないのだが、「それから」の時点で6人がそれぞれ適材適所で結果を出していたのを見ると、やはり優秀な人材が集まる企業で最終面接まで残ったメンバーは、みんな優秀ということになり、手放しに賞賛は出来ないものの、相応に機能していることの証明でもある。
"犯人"が若くして亡くなってしまったのが残念としか言いようがないが、ご都合主義のハッピーエンドではなく、登場人物が頑張った結果で知らず知らずのうちにハッピーエンドになっていた、という感覚が、とても清々しかった。
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