見出し画像

【ミステリーレビュー】天狗屋敷の殺人/大神晃(2024)

天狗屋敷の殺人/大神晃

新潮ミステリー大賞最終候補となった大神晃のデビュー作。



内容紹介


ヤンデレな恋人・翠の婚約者として連れていかれた彼女の実家は、山奥に立つ霊是一族の“天狗屋敷”。
失踪した当主の遺言状開封、莫大な山林を巡る遺産争い、棺から忽然と消えた遺体。
奇怪な難事件を次々と解決するのは、あやしい“なんでも屋”!? 

「いつかまた会えたらいいね」

――夏が来るたび思い出す、あの陰惨な事件と、彼女の涙を。
横溝正史へのオマージュに満ちたミステリの怪作。

新潮社



解説/感想(ネタバレなし)


主人公となるのは、イケメンアルバイターの古賀鳴海。
ヤンデレでメンヘラな彼女・翠に押し切られる(脅される)形で、親族への挨拶を目的に彼女の実家に行くことになるのだが、その家は地元では"天狗屋敷"と呼ばれており、今まさに失踪によって死亡扱いとなった当主の遺言が開示されようとする最中であった。

古い資産家の屋敷で、遺産を巡る連続殺人。
設定を見ると、いかにも横溝正史のオマージュといった世界観なのだが、顔だけで人生を乗り切ってきたタイプのイケメンに、凶器を常備しているタイプのメンヘラ彼女、加えて、鳴海がバイトしている"なんでも屋"の樋山忍による、ライトでコミカル(一部猟奇的)なやりとりがミスマッチになっていて、重厚な本格推理小説と、ライトなキャラクターものミステリーのハイブリッドといったところ。
好き嫌いは分かれそうだが、大胆なトリックの醍醐味と、軽妙でさらりと読める読みやすさが両立されていると捉えれば、まさに良いところ取りである。

探偵役となるのは樋山なのだが、とりあえず変人ということだけわかっていればOK的なノリで進行するので、本作での深掘りはなし。
ヒロイン枠の翠も実家に帰るなり妙に大人しくなってしまって、メンヘラ行動により鳴海と樋山を屋敷に引き留めるだけの役割になってしまうのがもったいないかな。
もっとも、横溝正史の代表作である「八つ墓村」において、名探偵の金田一耕助はほとんど登場せず、事件の真相を推理するのみ。
大半が寺田辰弥の視点で描かれた作品であったことを踏まえれば、この構成もひとつのオマージュだったりするのだろうか。
本音としては、彼女のヤンデレムーブが事件を解決する鍵になっていたり、鳴海がイケメンっぷりを発揮してピンチから切り抜けたり、みたいなギミックがあれば最高だったのだけれど、ここは本格推理モノに集中できるように配慮した結果と受け取っておこう。



総評(ネタバレ注意)


色々な要素がある作品だが、やはり大掛かりなトリックだ。
現代ミステリーにおいて、所謂"館モノ"に見られる大掛かりな機械トリックは好まれないのかもしれない。
それは多くの場合、成功率が未知数で失敗したときのリスクが大きいうえに、準備のためのコストや労力が莫大で、実行する合理性に欠けるからだろう。

そこについて本作が見事だったのは、確実に殺すよりも不確実な殺害方法を選びたかったという心情に、一定の納得感があったこと。
横溝正史オマージュだから、という強行突破でも成立したのだろうが、トリックを用いた背景に理由を設けたところに、著者の矜持を感じずにはいられない。
あくまで著者は、本格推理の面白さを、当時の質感ではなく現代の小説として書こうとしているのだな、と。

強いて言えば、肝心のトリックについて、スケールが大きすぎてイメージしにくかったか。
デビュー作ということもあって、文章が洗練されていくのはこれからなのだが、塔の構造を図で説明するなどの工夫があっても良かったと思われる。
なんとなくは理解したつもりでも、そのイメージが本当に正しいのか映像化されるまで自信がない、というのは機械トリックあるあるなのよね。
また、トリックの難易度に対して、翠の失われた記憶についてはすぐに予想がついてしまうなど、伏線の張り方やページの割き方については、もう少し整理の余地があったかな。

メタに吹っ切れたバカミス以外で、再現性度外視でトリックの面白さを前面に押し出すミステリーは、現代を舞台にした作品では稀有。
このセンスは活かしてほしいので、ラストシーンを見るにおそらく構想しているのであろう続編に期待したい。


#読書感想文

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?