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【ショートショート】ストロング缶の魔人

ストロング缶を買ったところで、持ち金が尽きた。現実逃避の道具を買うたびに現実が苦しくなっていくマッチポンプ。わかってはいるけれど、飲まないことには夜を越せないのだ。
現実逃避のついでにと思いつき、缶の脇を擦ってみたのが30分ほど前に俺がとった行動のすべてだった。

「で、早く願い事を言ってくれない?」

今は、目の前に突然現れた魔人が、3分に2回のペースでかれこれ20回ほど同じ質問を繰り返している。
"魔人"とは本人がそう言っているだけで、見た目は20歳ぐらいの優男だ。昔、絵本やビデオで見たランプから出てくる魔人は、もっと大きくて、青い顔をしていた気がするが、現実はこんなものなのかもしれない・・・・・・いやいや、そもそも現実に魔人なんているはずがないじゃないか。
何が何だかわからなくなって、無我夢中で持っていた酒を一気にあおった。

酔いがまわってくると、自分に都合良くものごとを考えるのが人間という生き物だ。少なくとも、俺はそうだ。だから、現実逃避にストロング缶を買っては、明日もなんとかなるさと眠りにつくことができるのではないか。
なんとなく、ストロング缶の魔人は本物なのだと"わかって"きた。

「願い事は決まった? そろそろ何か言ってくれない?」

「わかった、何においても金だ。不老不死にも憧れるが、今の暮らしを永遠に続けるのでは地獄と変わらない。金をくれ、10億円もあれば死ぬまで贅沢したって十分だろう。」

「金ね、わかったわかった。ちょうど今、ロシアのマフィアが生物兵器をテロ組織に売って、そのぐらいの金が動くところだ。お前の口座に入るように細工するから、それでいいよね? 両替は必要になるけど。」

そんなの、明らかに汚い金じゃないか、と面食らう。
魔人というぐらいだから、魔法でポンと10億円分の札束を出してくれるのだと思っていたが、なんでわざわざ犯罪に絡んだ金を持ってくる必要があるのか。口座に入るって言ったって、普段はすっからかんの俺の口座にいきなり10億円が入ってきたら、周りはどう思うだろう。どう考えたって、怪しい匂いしかしない。

「ちょっと待て、それじゃだめだ。マネーローンダリングが疑われる。実際に黒い金なんだったら、余計にアウトだ。」

「そうなのか・・・・・・じゃあ、こうしよう。隣町の資産家が、自宅の金庫に20億円ほど蓄えている。そのうち半分を、ここに転送する。」

待て待て、それもだめじゃないか。資産家からしてみたら、突然貯金の半分が消えるわけである。言い換えれば、魔人の力を使った盗難事件だ。その金を使った瞬間に、俺は泥棒だと自供するようなものだろう。使えない金を貰っても仕方ない。

「そういうのじゃなくてさ、誰のものでもない、誰にも犯罪を疑われない、クリーンな金を出してくれよ。魔法でできるんじゃないの、そういうの。」
と言ってみたものの、魔人は首を振るだけだった。

「日本銀行が発行したものでなければ、いくら精巧なものを作ろうと、それは偽札になっちゃうんだよね。日本銀行の発行記録を改ざんしても良いんだけどさ、それでひとつ願い事を叶えることになってしまう。お前が10億円を手にするって願いのほうは叶えられなくなっちゃうんだ。だから、どこかに既にある金を移動させる、それしか方法はないと思うよ。」

予想していたよりももっともなことを言ってくるので、俺は閉口するしかなかった。その辺を何とかうまくやってくれるのが魔法じゃないのか。昔話は金銀財宝を貰ったらめでたしめでたしだが、実はその後、泥棒として逮捕されていたとでも言うのだろうか。
頭を抱えたところで、魔人が助け舟を出してきた。

「疑われない金ね・・・・・・そうだ、バイト代をアップしてやるよ。来月のバイト代は10億円だ。それでいいだろ?お前が捕まることはない。断言する。」

シンプルすぎて思いもしなかったが、嫌だという理由も見つからない。
正当な所得となれば税金に持っていかれる部分もあるだろうが、それでも十分遊んで暮らせる金は残るはずだ。そもそもバイト先のピザ屋が10億円も現金を持っているのかは疑問だが、魔人が言っているのだから平気なはずだ。
もしかしたら、バイト代の過払いで店は潰れるのかもしれない。
元手になる黒い金が店に流れてくるのかもしれない。
でも、俺はあくまでバイトの対価として給料をもらうだけである。店の主人には悪いが、捕まるのが自分じゃなければ、あとはどうなっても構わない。俺はその提案を受け入れることにした。

「よし、成立っと。じゃあ、お前のバイト代が10億円になるように、急いでインフレを進めるね。缶を擦ってくれて、ありがとう!」

翌月、俺にはちゃんと10億円のバイト代が振り込まれた。
たった半月で10億円にまで値上がりしたストロング缶を買い、また持ち金が尽きた。


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