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あっち向いてほい
沖縄県に梅雨入りの発表がだされたころ、奴がやって来る。
奴、というのもいまいちなもんで、彼と呼ぼう。
そう、彼は毎年この時期になると先陣を切って、夏はすぐそこだと言わんばかりに張り切るのだ。
家でも外でもお店でも、なんなら工場でだって彼は一生懸命だ。
そして、恐らく皆に頼られ好かれているだろう。
だが、私にとって彼は“奴”に違いない。
いくら張り切っても、一生懸命だって変わりやしない。
彼は今日もこっちをみている。
あっちを向いて張り切ればいいではないか。
なぜこっちを向くのだ。
こちらを向いても、何も褒め言葉をかけられやしないのに。
そうだ、そうだ、その調子であっちを向いていて。
だが彼は勉強は嫌いなようだ。
何度もこっちを向いてくる。
彼はいつも背筋をシャンと伸ばして規則正しくそこに居る。
そんな彼をわたしは歓迎すらできない。
むしろ奴と呼ぶほどまでに嫌っている。
しかし、厄介なことにその時期は彼がいないと私も困るのだ。
だから同じ空間に居るときは、なるべく目を合わさないようにしているが、どこかしらから優雅に存在感を露にしてくる。
規則的な表しかたであるがゆえ、その存在感をなしには出来ない。
そんな彼も、ぼーっと何か眺めているときがある。
そう、私だ。
何かを言いたそうに、いつも以上にシャンと立ち、手を振り回している。
そんな主張をしても無駄だよ。
私は何も聞いてあげられない。
自分のことで精一杯なんだから。
だから、そんな真ん丸な目でじっとこっちを見るんじゃない。
怖さすらあるのだから。
私も好きで嫌っている訳でない。
好きで奴と呼んでいるでもない。
でも確かなことは私とあなたという存在があるということ。それが確かということは、あなたの言葉に耳を傾けねばならないということ。
ただ今のところ私には誰かの言葉に耳を傾けられる程の力がない。
何もあなたの役に立てない。
だから嫌いにならざるを得ないんだ。
彼はなにも言わない。
どれだけ嫌っていたって、いつだって一生懸命だ。
そんな彼を私は歓迎できる日が来るのだろうか。
もしかしたらその日が来年やってくるかもしれない。
その時が来るならば、その優雅な存在感と共に沢山の話を聴こうじゃないか。
私の好きな冷えたジャスミン茶でも用意しておこう。
調子のいい日はアイスだって買っておこう。
だからその日が来るまで、お願いだ。
あっちを向いていて。
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