26/07/2020:『To Leave Something Behind』

老人 1

「私は、誰かのために何かを残すことができただろうか。」

街の中心にある四角い公園。四方の辺と角にそれぞれ入り口があって、そのどこからでも出入りできる。中心に向かって道が集まるように区画分けされていて、花壇にはヤシの木が立派に生えている。中心には街の創設者の銅像が粘り強く立っているのだが、鳩のフンにまみれて少しかわいそうだ。

今日は天気がよくて、芝生に横たわって本を読んでいる学生や、子供連れの母親、色々な人たちががそれぞれの時間を過ごしている。

私は1人、木陰のベンチで公園を眺めていている。日が当たる所と影が出来る所が、タペストリーみたいに複雑に絡まって見えた。

見回りの警官たちがゆっくりと談笑しながら公園を周回してきた。

「ご機嫌いかがですか。」

サングラスを掛けたまま警官が話しかけてくる。街にいる老人はみんなこの公園を何らかの形で頼りにしていて、警官らもきっと、ある種の生存確認のような意味合いで声をかけてくれるのだろう。

「はい、今日はいい天気で気持ちがいいですね。」

だいぶ声がかすれてしまっているが、聞き取ってもらえただろうか。声が出ない分、優しい表情で答えたのだが。

「ええ、まったく。それでは。」

警官たちはそのまま出口の方へと歩いていった。

                 ・・・

「今日の定期検診は泣かずに頑張ってくれたから楽だったわ。」

息子は生まれた時から肺が弱くて、出産した後もしばらく呼吸器が欠かせなかった。来年小学校に上がるのだが、このままの状態では彼自身も苦労するのではないかと思い、主治医との相談のもと、その機械から卒業することを決めた。

生まれた時から大きさや機種は変えつつも、自分の相棒として歩んできた呼吸器に息子は少なからず愛着が湧いていた。症状は良くなってきているとは言え、それがないと息がうまく吸えないことはあるし、何よりも外して生活することで精神的に不安になり発作が出てしまうこともあった。

息子は銅像の周りで、鳩を追いかけまわしている。ドタドタと群れに突っ込んでいくたびに、鳩は壮大な音を立てて飛び立ち公園の周りを一周する、着地する。そして、息子はまたそこへ突っ込む。

背中には機械を背負っている。細いチューブが出てそのまま口元のマスクへ繋がっている。両手を広げて走り回る姿は、まるで宇宙を飛んでいるように見えた。

「宇宙センターの採用試験ではかなりのアドバンテージだな。」

と、よく旦那は笑顔で言っている。

息子を喜ばせるためだとは知りつつも、私はその嬉しさと同じくらい、胸が締め付けられるようでもあった。

「もっと、健康な体に産んであげていれば。」

何度も何度も涙を流した。

日々止まることなく成長する息子を前に、逆に私は弱くなっていっている気がする。

鳩がぐるっと何周目かの集団飛行を始めた。それに合わせて、公園の影が動くのが見えた。

向かいのベンチには老人が座って、ぼんやりと何かを眺めている。私には、息子が老人になる姿を見ることは絶対にできない。

だからこそ、老人になるまで生きてほしいと思う。

                 ・・・

学生

「君たちは、この世界にどうやって貢献するつもりなんだい。」

午後の公園。芝生は柔らかくて気持ちいいし、ヤシの木のおかげもあって日陰ではちょうどいい涼しさも感じられる。僕は本を読んでいたのだが、飽きてしまってそれを枕に横になっていた。

ゼミの中間発表は午前中いっぱいをかけて行われた。僕はまだ文学部の3年生なのだが、来年の予習と思って先輩たちの様子を見学していた。

それぞれがテーマを決めて不完全ながらも何とか発表の形に仕上げていたように思えた。もちろん、内容としては全然至らないものだ。それは3年生の僕でもわかる。でも、中にはプレゼンテーションの途中で泣いてしまう人がいたり、発表を始める前に「僕は何もできていないので、今日は歌を歌います。」とか言い出すツワモノもいた。

一連の発表が終わった後、教授が放ったのが、

「君たちは、この世界にどうやって貢献するつもりなんだい。」

と、いう言葉だったのだ。

「好きなテーマを選び、それについて調べ、まとめ、発表する。うん、それは好きなようにしたらいい。それが大学というところだからね。でも、考えてもらいたい。それでどうなる?」

教授がそれを聞いてもいいのかと思った。しかし、この話には先があった。

「うん、いや、実はそんなことは同時にどうでもいいんだ。本来、学問や研究というのは、ただ純粋に知的好奇心に従って突き進むことを起源としている部分もあるからね。だから、用途は二の次。”作る”と”使う”は違うものでもあるしね。でも、考えてみてほしい。僕ら文学部はまたちょっと違う。だって、この学問は”人間自身”を見つめ、捉え、問い続ける学問なんだ。その点から考えて、僕たちはどのようにしてこの世界と、そして君ら自身と関わっていくべきだと思う?テーマなんか正直何だっていいよ。ただ、来年、卒業してーもしできたらだけどー君たちは社会に出る。そしていつか次の世代に何かを残す立場になる。その時、君たちはどうする?何を、どう残す?死ぬ前に、あるいは死んでから、君たちの後に残るものは何だ。」

ヤシの木が風に揺れて、青空のモザイク模様がスライドしているかのように見える。バサバサと鳩が飛び交う音がする。

僕は起き上がって、公園を見渡した。

鳩が飛び回っていたのは、あの少年のせいか。機械のようなものを背負ってマスクを付けている。宇宙飛行士ごっこでもしているのだろうか。

今の僕には、きっと誰の何にも貢献できることはない。ただ、毎日を生きているだけだ。

もう一度横になって、ヤシの木の陰から見える青空を探した。

                ・・・

老人 2

公園では鳩がぐるぐると飛び回り、子供が奇声をあげながらそれを追いかけている。

子供を見守る母親は、ハンカチで目元を拭っている。今日は日差しが強い、汗も出るだろう。

昼寝をしていた学生は一度起き上がり、ただ公園の真ん中の方をそれとなく眺めると、また横になった。

流れる雲とヤシの木の影が、公園の模様を少しずつ動かしていく。

私はこの流れ行く時間の中で、今この瞬間の景色を目に焼き付けている。

だってここにいる全ての人たちは、また私であり、そして私は彼らでもあるからだ。

「私は、誰かのために何かを残すことができただろうか。」

これだけ長生きしてきたのに、私は答えを出せていない。あるいは、その問い自体が意味のないことなのかもしれない、しかし。

警官たちがまた向こうからやってくる。

風に吹かれて揺れているヤシの木の影が、また動いた。

私は、また問い続ける。

                 ・・・

今日も等しく夜が来ました。

ただ、何かを残したいだけなんだ。

Sean Roweで『To Leave Something Behind』



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