26/05/2021:『Company Cigarettes』

子牛、と言ってもそれは産まれた時からすでに大型犬くらいあるわけだから、そしてそれが間髪入れずに立ち上がり飛び跳ねるわけだから、それに「子」を付けることが僕には少し不思議に思えた。でも、その母親は何倍もの大きさで、僕らよりも大きくて、音も匂いも重たそうに出しながら側で草を食んでいたから、そう考えればきっと子牛ってことでいいんだと思う。

牧場はなだらかな丘を3つ跨具ようにして敷地が広がっていて、ちょうど2番目の丘の高台にいる僕に向かって、下から緑色の風が吹き上がって来た。ずっと草を撫でてきた風だから、ちゃんと土の匂いや草の香りがした。それらが夏の湿気を全て取り除いてくれていたから、とても爽やかな肌触りだった。

「日本は向こうの方にあるのか。」

と、フアン・ホセが聞いてきた。ひしゃげた麦わら帽子をかぶっていて、縫い目の間から日が差し、顔にまだら模様を作っていた。ボロ切れみたいなシャツの胸ポケットからタバコを出して、自分の分を咥えるとそのまま僕に箱を差し出した。

「うん、そうだね。ちゃんとgoogleで調べたから、間違いないと思う。」

僕は一本火をつけて、ライターを箱に差し入れると彼に返した。あと12本くらい入っていた。今日でなくなるかどうか、うん、ちょうどくらい。

「遠いんだろうな。」

と、フアン・ホセが言った。日本の方を見つめていた。彼は隣街の工場まで牛乳を卸しに行く日以外この村を出ることは滅多にないし、またその先に行くこともまずない。

彼は、見たこともない土地を見えるかのようにして、見えなないのにずっと見つめていた。

僕は、見たことのある土地を見えるかのようにして、見てきたものを思い出しながら見つめていた。

「でも、ここに来る前は、ここのことを遠いなぁと思っていたよ。」

「今はどうだ。」

僕は何と言うべきが少し迷った。牛の鳴き声と草を踏む音が聞こえた。風は僕らを迎えに来るようにして下から吹き上げてきていたが、雲は右から左に向かって流れていた。

「今は向こうの方が遠いよ。ずっと。来る前より。」

フアン・ホセの吐いた煙が後ろに流れた。僕は後を追いかけるようにして深く息を吸って、吐いた。

煙が流れた方向を見やると、子牛が節の立った脚でノミのように跳ねていた。背中も肋も、頬も顎も、節くれみたいだった。子牛は産まれたばかりなのに、やっぱり大きくて、それが当然のことであるから、自然の摂理としてとても生々しい感じがした。

風がまた吹き上げてきて、そして僕らを抱くようにして過ぎた。

遠くを見ても何も特別なものは見えず、いつも通りの景色だった。

                 ・・・

今日も夜がきました。

Anti-Lilly & Phoniksで『Company Cigarettes』


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