15/11/2020:『Thinking About You』
原稿をクシャクシャに丸めて、ポイ、とゴミ箱に投げる。薄いプラスチックが円柱状に施されたその筒の縁に当たる。脇へ落ちて、カサカサ、と音を立てながら転がる。また、新しい一枚を目の前にセットして、そしてボールペンを握り直す。
「って、そんなこの今の時代するわけないよ。」
と、昔映画を観て思った。
傾斜を付けたテーブルに向かって、ランニング姿で頭をかきむしるその姿は、きっと誰しもが思い浮かべる作家の姿なんだろうけど、果たして21世紀のこの地球にどれくらいいるだろう。
「まさか、現実になるとは。」
と、呟いた。だって、今、まさに僕がそうやってコタツテーブルに向かって白い紙に字を書いているんだから。
「大事なことは紙に書け。必ず。ケータイのノートでも、パソコンのメモでもない。紙に書け。」
と、いつも父親に言われてた。父親が作家だったとか、そんなことはない。彼はただのシステムエンジニアだ。それも極上の地方零細企業に務めていた。だけど、なぜかそのことだけは、頑なに譲ろうとせず、僕が何か忘れたり、話の途中で「んー、なんだったっけ」とかって言うと、
「だろ?だから、書けってって。」
と、呆れたように言った。
大事なことは紙に書け。
小さなアイデア、その日起きた憤慨に値すること、欲しいもの。選択基準がわからなかったから、とりあえず”大事っぽい”ことを無作為に書いた。もちろん、日付も一緒に。
そして、そのメモした紙ーコピー用紙、折り込み広告の裏、ダンボールの羽、何でもかんでもーは、山のような量になり、実家の小屋に眠っている。
僕はこれが自分のために書けと言われているのだと思って生きて来た。
でも、今、僕はそうじゃないことに気が付いた。
大事なことは決して、僕のためだけではない。僕が、誰かに伝えたいことも含まれる。
僕はコタツ机に向かっている。
彼女が日本を離れて半年が過ぎた。
2週間前に届いたポストカード。
極細のペンで、びっしり。流線型の文字に、彼女の涼しげな瞼が重なるようだった。
だから僕もそれに応えることにした。
今まで何百枚も、何万字も、形の優劣を問わず書き続けて来た山のようなメモ。その中にもまだない、彼女のための僕のメモをゆっくりと書く。
「あ、まただ。」
書き損じを黒く塗りつぶして、そして続けるわけにはいかない。
クシャクシャっと紙を丸めて、ゴミ箱に放った。
カサン、と音を立ててキレイに入った。
そして僕はまたルーズリーフをセットした。
・・・
今日も等しく夜が来ました。
Norah Jonesで『Thinking About You』。
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