07/12/2020:『Thinking Of You』

高速道路が走るその下には日が当たらない場所があって、そこは何もないスペースのはずなのに黒いフェンスがずっと向こうの信号まで立っていた。どうしてそこに入ってはいけないのかが全く分からないから、つまりはそのフェンスの意味もピンとこなくて、

「ふーん。」

くらいに思いながら僕は歩いた。

寒い寒い冬の夕方が、オフィス街のコンクリートを丸ごと包み込む。背の低いイチョウの木が一定間隔で植えられていて、冬の風に落ちた葉っぱたちがマンホールを一部だけ覆っていた。

オフィス街にも色々な人がいて、みんながみんなスーツを着ているわけでもないようだ。そういう人たちは普段どんな仕事をしているんだろう。たまたま今日はスーツじゃないだけかもしれないけど、すれ違うたびに思わず顔を覗くようにして見てしまって、だけど、マスクでその半分は分からないままだった。

「まぁ、逆にスーツ着ているからって、どんな仕事しているかは分からないか。」

僕はまた1つ、小さな横断歩道を渡った。

「どう?言った通りでしょ。」

と、彼女からLINEが入る。

確かに、彼女が正しかった。

楽しいのは本当に最初だけ、その後は孤独で冷たくて、裏も表もないような都会の景色が広がる。そして、その中で一人でいることは、そう簡単なことではなかった。

視界が狭いからだろうか。真っ直ぐに向こうまで突き進むような景色がない。つまり、先には必ず遮るものがあって、見ようとするターゲットに届く前に視線がばらけてしまう。あるいは無理やりアパートの窓を開けて顔を出してみるけど、目の前がシラけた室外機だったりして、気が滅入る。

「あなたの生活、住居、スタイル、全てが恵まれているってこと、やっぱり離れてみないと気が付かないわよね。」

僕が帰って来た時に、なんとなく思ったことが、確信に変わる。

「日々が過ぎるって、そういうことなのかしら。」

吐いた息がマスクを伝って上がってくる。冬の寒さに負けて白くなって、そのまま僕のメガネを曇らせて、また消えて行く。

いつだって人は、コウモリのようにぶら下がっているだけ。そしてずっと外は夜。

あまり覚えていないけれど、昔読んだ短編集には、各話の1ページ目に引用文が書かれていて、それらは大体、こんな風な意味があるのかないのか分からないような文章だった。もちろん、どこの誰がそのオリジナルなのかも書かれていなくて、

作者不明。

とされていた。

高速道路の高架下、光が当たらないそのスペースには何匹もコウモリがぶら下がっていて、僕はその列の中から僕自身を探すようにして目を凝らした。

でも、暗い暗い夜の中からはハッキリと外が見えない。

イチョウの葉が風に吹かれて、サッと動いた。

自転車が音もなく後ろから僕を追い越して行く。

そこに大型トラックの排気音が重なって、信号が点滅し始めた。

間に合いそうにないから、僕はわざと歩くペースを落とす。同じように考えている人が、横断歩道の向こう側にちらほらと見えた。

その時、通りの街灯が一気に灯火した。一瞬の閃光に、みんな少し上を見上げる。

ついでに高架下も見たけれど、コウモリはどこにもいなかった。

                 ・・・

今日も等しく夜が来ました。

Justin Derで『Thinking Of You』。


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