24.5月第50回定期演奏会(後編)
後プロの ブラームス 交響曲第3番。
3楽章まで調子よく進んでいた。
ところが。
4楽章に入ってから、荒れた。
H先生!ゲネプロのときより、テンポが随分速いんですけれど!!
ただでさえ4楽章苦手なのに!
私、2プルトからマエストロを睨みつけた。
H先生、知らんぷり。
結果、私のエネルギーはすっかりemptyとなり、2か所落ちた。
落ちた3小節分はスッパリ諦めて、次から入る。
もう、最後の力を振り絞って走る感じだった。
全体が崩壊するのではないかと、ハラハラした。
(皆同じ気持ちだったらしい....)
最後の最後、un poco sostenutoに入ったときには、かなりホッとした・・・。
アンコールはシュトラウス『皇帝円舞曲』
「この曲にはハープが入るんですけれどね。ハーピスト呼ぶ資金がないんで、ピアノソリストIさんに登場していただきました。
ついでに言いますと、スネアドラムはステージマネージャーです。ステマネもここまでこき使います。なんせ、お金ないんで。」
そうH先生が解説して、会場から笑いを取った。
ステージの我々、苦笑する。
ウチのコンサートは、入場無料だ。
資金は全て団員の懐で賄っている。
10分と、アンコールにしては長い曲だけれど、ブラ3が短いからちょうど良い。
今回演奏した中では、チェロが美味しい曲だと思う。ヴァイオリンと一緒に奏でる、伸びやかで美しいメロディがたくさんあるのだ。
思い切り歌わせてもらった。
客席から盛大な拍手をいただいた。
観客が多いから、拍手も迫力がある。
三度、H先生が全員を立たせようとしたとき、我々は立ち上がらずH先生へ拍手を贈るという演出をした。
H先生、大いに照れて可愛かった。
★
演奏会の後は、恒例の打ち上げ。
40人が参加した。
私はもうすぐにでもベッドへ倒れ込みたかったが、どうしてもマエストロの講評が聞きたくて参加した。
一番はじの窓際の席に着くと、おや?背中合わせになったコンマスと私の間にビールサーバーが。
「ということは、コンマスと夜さんが今日のバーテンダー?」
ざわざわ。
コンマスと私、目配せする。
「はい、ビールが欲しかったら、コンマスと私に今日の演奏の反省を述べること!」
「げーッ!ツライ!」
「マエストロもです!」
「ええー?!」爆笑。
もう、疲れすぎて壊れた私は笑いを取りに走るッ。
打ち上げの始めに、楽団代表のご挨拶。
「本日のお客さんですが、約700人入ったようです。ステージから見てもほぼ満員と分かりましたよね。楽団始まって以来の快挙です。」
拍手喝采。
「演奏について来場者の方何人かに聞いたところ、好評でした。ソリストの力が大きかったです。Iさん、どうもありがとうございました。」
Iさんへ拍手を送る。
Iさん、照れてペコペコお辞儀をする。かわいい。
「いろいろありましたが、今はそれを置いておいて。楽しみましょう。乾杯!」
かんぱ〜い!
私、最初に同じ2プルトだったチェロのKさんの愚痴を聞く。
Kさん、チェロアンサンブル団体の代表だ。
私も以前「ぜひ入団して!」と誘われたが、キャパオーバーのため少し考えさせてくださいと話している。
「ちょっと前に入団したOって男性、ヘンなの〜。全然私の言うこと聞かないで、一人で突っ走るの。もう手に負えない。この前は思わず怒鳴っちゃったよー。」
「Kさんが怒鳴るなんて。よっぽどですね。」
「しかも、かわいい女の子に目がなくて付きまとうの!夜さんがウチの楽団にいなくて良かったよー。夜さん若くてかわいいから、間違いなくアイツの餌食になってたもん。」
なにッ?!Kさんには私がそんなふうに見えていたの?!
メガネの度が合っていないんじゃなかろうか。
「Kさん。お話を聞くに、その人Kさんのことが好きなんですよ。Kさんに怒られたいんです。私はそう感じます。」
Kさん悲鳴を上げる。
「ええ〜?!絶対イヤだよー!楽団辞めさせる!」
がんばれ、Kさん。
ビールを注いで回っていると、コントラバスJさんに腕を掴まれた。
「夜ッ。ココに座んなさい。」
はいはい。Jさん、すっかり酔っ払ってますね。
「アンタの師匠、一体なんなのー!」
先日のエキストラ依頼の話か。
「あの男が昔音頭取ったアマオケのトラ依頼だったよ。何でも2人のバスパートのうち一人が入院でもう一人がジャズしかやったことないって。で、弓持ったことないから、オレが教えながらトラに入れって。こんな酷いトラ依頼ってある?!」
・・・ないでしょうね。
さすが師匠。涼しい顔してやることがエグい。
「上手くいかなかったら、夜が責任取るんだよ。」
「ええ?!なんで私?!」
「弟子は師匠の失敗の責任取るものなの!」
「そんなの知らないもんッ。それに私、Gオケ団員じゃないし。」
これには、聞いていた周囲の人たちも驚いた。
「師匠が作ったオケになんで入ってないの?!」
と代表。
「なんでなんでしょうね・・・?私が交響曲やりたい人だからじゃないですか?あそこはステージより慰問活動中心ですから。」
「どっちにも入ったらいいじゃない。」
「キャパオーバーです。こっち辞めたらいいですかね。」
「それはダメ。」
Jさんが入ってくる。
「オレがKに夜を入団させるように言うから。」
「そんな。遠慮します。」
「Kからレッスンだけでなくオケの演奏も教えてもらうべきだよ。Kなら優しく教えてくれるだろう?」
私、悲鳴を上げる。
「師匠、ぜんっぜん優しくなんかないですよ!めっちゃ、おっかないですよ!」
レッスン室に入るなり「夜!そこに座りなさい!」と言われて1時間お説教されることもしばしば…怒られるようなことをする私も私だけれど。
Jさん、私の怯えっぷりを本気と捉えたらしい。
「優男は見た目だけか…まあ、Kの師匠がこれまたおっかないからなぁ(T先生のことか)。なんでプロチェリストってみんなおっかないの?」
思わずJさんと、後ろで談笑しているM先生を振り返ってしまった。
「何でなんでしょうね…?」
お待ちかねの、マエストロ講評の時間となった。
どんちゃん騒ぎが一気に鎮まる。
前回の定演後は「これでもうみんな懲りたでしょう!楽団の力量に合わない曲をやるのはやめなさい。」と、酷評だった。
H先生が話し始める。
「えー、今回の演奏ですが。Iさんのピアノが本当に素晴らしかったです。前回のモーツァルトから更に磨きがかかっていました。ありがとうございました。」
Iさんに再び拍手!
「さて、みなさんは…」
シーン。
「今回ダメ出し一切なし!お疲れ様でした!」
ええー、ウソでしょー!と言いながら、皆拍手喝采。
ブラームスセクステッドの二の舞はイヤだったから、ものすごく練習したもの。ちょっと泣きたくなった。
「選曲が良かった。でも、アンコールの皇帝円舞曲やっているときがみなさん一番楽しそうでした。」
あー、そうそう、と多くの人が頷いていた。
私もその一人。
★
お開きの時刻。
エレベーターへ向かう道すがら、マエストロと話した。
「本当にダメ出しなし、でいいんですか?」
と私が聞いた。
H先生、軽く笑う。
「素晴らしかったよ。ゲネより良かった。」
「4楽章、速くしちゃったから、罪滅ぼしではないですか?」
H先生、足を止めた。
「本当はね、膝が痛かったんだ。年取ったら膝に水が溜まるようになってしまってね。3楽章辺りから辛かった。」
「そうだったんですか…。」
歳を重ねれば、どっかかしら不調が出るのは仕方がない。
ふふ、と先生が笑った。
「夜くん、4楽章で僕のこと睨んでたね。怖かったよ。」
ああ、やっぱり見てたんだ。
「事情も知らずに、すみませんでした。」
素直に謝った。
「気にするな。僕のは単なる言い訳だから。」
言って、H先生はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「また、ウチで振ってくださいね。」
「もう練習会の予定入れられちゃってるよ。次回1月ね。
コンマス、二次会はどこ?」
振り返るとすぐ後ろにコンマスがいた。
「〇〇屋です。ワインも料理も美味しいですよ。」
「いいねぇ。」
「私は今日はここで帰ります。」
私は言った。
「ええ〜、帰っちゃうの?」
もうクタクタだ。地べたで寝てしまいたいくらい。
「仕方がない。今度さ、一緒に赤ワイン飲もうよ。美味しいところ知ってるよ。」
コンマスに囁かれた。
...もしかして、私はコンマスに口説かれているのか?
「いいですよ。ただし、グラスはバカラで。」
コンマス、先月の合宿でバカラグラスを持ってきていた。
「じゃあ、グラスは僕が持参だね。」
コンマスが笑う。
この間まで私に舌打ちしていたのに。どういう風のふきまわしだろう?
合宿で朝方まで一緒に飲んでから、態度がコロッと変わった。
「二次会で夜さんに愚痴聞いてもらいたかったのに!」とチェロパートリーダー。
「いつでも聞きますよー。LINEください。」と私。
「わかったー。じゃあ次回7月に会いましょう。」
手を振って、私はメトロへ向かった。
あんなに辛かったのに、今は楽しかったことしか思い出せない。
やっと心穏やかにベッドで寝られる。
明日も休みだったら二次会へ行けたのにな・・・4時間寝たら、また仕事だ★
(おわり)