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物語のタネ その六 『BEST天国 #31』

様々な地獄があるように、実は天国にも様々な種類がある。
現世での行いや悪行により問答無用に地獄行きかが決められてしまうのに対して、天国は自分で選べるのだ。
ここにまた、ある1人の男が死んでやって来た。
名前は、宅見卓朗。享年37歳。
前回は「今まで会った人にいつでも会える天国」を訪れた宅見氏。
さて、今回はどんな天国に?

あらすじ

ミヒャエルのコンシェルジュオフィス―――
宅見氏はいつものようにミヒャエルが淹れたコーヒーを飲んでいる。

「ふふぁ〜ふぉ」
「あれ、ミヒャエルさんが欠伸するなんて珍しいですね」
「昨日はちょっと徹夜をしてしまいまして」
「何かあったんですか?」
「面白いって聞いていたアニメ“緻密な刃“、見始めたら面白くってついつい朝まで」
「刀鍛冶達の誰が一番切れ味がいい刀を作れるか競い合うっていうやつですよね、確か」
「はい、それです!」
「本当に面白んですか?」
「私も半信半疑だったんですが、それが面白いんですよ。毎、“これを切れ“ってお題が出るんですけど、そのお題に対して鍛冶屋達が己のプライドを掛けて刃を打つんです。その真摯な姿勢とクライマックスの切れ味バトルの迫力が堪らないですよ!お題も、大根だったり電柱だったりと多彩なんです。大根も生の回とおでんの回があったりで、その辺りの細かさもグッとくるんですよね。宅見さんも是非、ふぁふふぁ〜、あ、すみません」
「分かりました、気が向いたら観てみます。しかし、眠そうですね。今日はゆっくりされたらどうですか」
「ありがとうございます。が、そうはいきません、私のプライドにかけて、なんて。そうだ、宅見さんは寝るのはお好きですか?」
「ええ、好きですね〜。生きている頃は休みの日は昼まで寝てました」
「寝るって気持ちいいですよね」
「いいですよね〜」
「ってことは、あそこいいかも」
「どこですか?」
「いいからいいから、行ってみましょう!」

いつものごとく真っ白な空間―――

天国マネージャーを待つ2人。
宅見氏の横ではミヒャエルが欠伸をもう一つ。

すると、
「お待たせ致しました、ミヒャエルさん」
素敵なバリトンボイスと共にタキシードに身を包んだ男性が現れた。
「お久しぶりです、西川さん。相変わらず思いっきり心が落ち着く声ですね」
「ありがとうございます。今日は内見を?」
「はい。こちら今回内見をさせて頂く宅見さん。宅見さん、こちらマネージャーの西川ハネルさん」
「はじめまして、宅見と申します。ハネルさんっていうんですか、お名前」「ええ、祖父がダジャレ好きの羽毛布団メーカー社長だったもので、“羽根“と“寝る“のダブルミーニングで付けたようです」
「そう、なんですね・・・。で、こちらは眠りの天国なんですか?」

「はい、こちらは“アグレッシブ安眠天国“です」

「安眠?アグレッシブ?ですか」
「宅見さん、冬の布団の中でぬくぬくした眠りは好きですか?」
「ああ〜、もうそれは堪らないですね〜」
「では、次に夏の午後、ひんやりとした畳の上でのうとうとは?」
「ああ~、それもいいですね〜」
「ではでは、いい感じで酔っ払って家に帰って、ソファにゴロリでスーッと眠っちゃうのは?」
「あは〜、それも気持ちいいですよね~」
「安眠、気持ちいい眠りには色んなパターンがあるのですよ」
「言われてみると確かに!」
「でも、人間は眠りに対して受け身なんです」
「受け身?」
「冬になったから、夏になったから、酔っ払ったから、寒いから暑いから…とシチュエーションに沿って出来る限り気持ち良く寝られるように対応しているだけなんです」
「なるほど」
「眠るってあんなに気持ちいいのに、そんな受け身じゃ勿体無いじゃないですか。だからここでは、皆さん、今日はどんな安眠をしようかな?って、毎日わくわく考えているんですよ、起きている間」
「起きている間、寝ることを考えているんですか」
「そうです。冬のぬくぬくバージョンにしようかな、夏のひんやりバージョンを楽しもうかな。冬のぬくぬくも、布団に入った瞬間にあったか〜を堪能する電気毛布にするか、最初は寒いんだけど徐々に体温で温かくなってくるのも捨て難いな。今日は思い切って湯たんぽトッピングしちゃおう、とか」「どのバージョンも魅力的ですね」
「アグレッシブに安眠を求めていくんです、ここでは。宅見さん、どうですか?」

う〜む、と考え込む宅見氏。
横を見るとミヒャエルがうつらうつらしている。
その様子をじっと見る。
やがて・・・。

「すみません。寝るのは大好きなんですけど、そこまでアグレッシブに考えられそうにもなくて、あの、私には受け身なぐらいが丁度いいかと思います」
「そうですか、残念」
「すみません。しかし、永眠した後に安眠を積極的に求めていく方がそんなにいるとは思いませんでした」
「結構いらっしゃるんですよ。人間、寝ている時間も大切な人生の一部だって考えると、起きている時と寝ている時の差ってあるのか、と。夢がとてもリアルだということもあって、本当の現実って何?と思って。眠りって面白いですよね」
「確かにそうですね」
「ただ、安眠すると体調が良いのは確かですから、宅見さんも永眠していますけど今の眠りを大切にして、良き天国探ししてください」
「ありがとうございます!」

横を見ると気持ち良さそうに居眠りをしているミヒャエル。
もう少しこのままにしておいてあげようと思う、宅見氏。

さて、次回はどんな天国に?


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