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物語のタネ その六 『BEST天国 #28』

様々な地獄があるように、実は天国にも様々な種類がある。
現世での行いや悪行により問答無用に地獄行きかが決められてしまうのに対して、天国は自分で選べるのだ。
ここにまた、ある1人の男が死んでやって来た。
名前は、宅見卓朗。享年37歳。
前回は「ふわふわ天国」を訪れた宅見氏。
さて、今回はどんな天国に?

「しかし、ロビンソンさんに貰ったベーコンは美味しかったですね」

「急にどうしたんですか?宅見さん」
ミヒャエルが天国リストを捲る手を止め、顔を上げる。

「いや、何だか急に思い出しちゃいまして」
「あー、でもそう言うのありますよね。急に、あれ食べたいって」
「ミヒャエルさんもですか⁈」
「あります、あります」
「ミヒャエルさんだと何ですか」
「やっぱ、肉、じゃないですか」
「やっぱ、肉、ですよね」
「宅見さん、お肉お好きなんですね」
「お肉お好きなんですよ、私」
「一見そうは見えないから、意外」
「実は大好きです」
「何派ですか?」
「何派?」
「ほら、焼肉が好き、すき焼きが好き、ステーキが好き、とか色々あるじゃないですか」
「基本、どれも好きですが、やはり、肉―!って感じるのはステーキですよね」
「確かに、肉と向き合っている感が一番しますものね」
「そうですそうです。肉って『存在感』も満足の内だと思うんですよ」
「しかし、語りますね、肉について。ん?ってことは」
「ん?って、何か思いつきました?」
「ええ。行ってみましょ」
「急にですね。どこへ?」
「いいからいいから。行きましょ行きましょ」

いつものごとく白い空間。
宅見の鼻がヒクヒクと動く。

「ミヒャエルさん、この匂いってもしかして」

その時、ジーンズに白いTシャツ、紺色のエプロンをした男性が現れた。
手にはフライパンを持っている。
中には厚さ1.5cmほどのステーキ肉が!

「ミヒャエルさん、お久しぶりです。おっと、あっと、ちょっと待ってて下さいね」
そう言うと男は、フライパンの中の肉を取り出し、アルミホイルで包む。

「よし、後は余熱で、と。すみません、肉はタイミングが命なんで」
「いえいえ。ちょうどお忙しいところに来ちゃってすみませんでした」
「とんでもない、こちらこそすみません。で、今日はいかが致しました?」
「今日は内見で。ご紹介します。こちら宅見さんです。お肉大好きなんです」
「はじめまして、宅見と申します。お肉大好きです!」
「それはそれは。私、こちらの天国のマネージャーをしております『ステーキな男』代表・ナイスガイあさくまです」
「ということは、ここは“美味しいステーキがいつでも食べられる天国”ですか⁈」

「いや、微妙に違います。ここは“家族の為に肉を焼く天国“です」

「家族の為に肉を焼く天国?」
「宅見さん、お肉好きだからお分かりになると思いますけど、肉って食事の中でも特別じゃないですか。特にステーキは」
「その通りです。気分が上がるというか、スペシャルな華やかさがあります」
「それを外に食べに行くのではなく、自らの手で焼く喜びを満喫する。それがここの天国の醍醐味なんです」
「ほう」
「自らの手で家族を喜ばせる喜びですね」
「なるほど。でも、お肉大好きの私が言うのも何ですが、自らの手で喜ばせる、は他にも色々あるんじゃないかと思うんですけど。なぜ、肉を焼くなんでしょうか?」

「いいとこ突いてきますね、宅見さん。そこには“ステーキ道“という沼の魅力があるのです、肉には」

「ステーキ道?」

「書道、花道みたいにステーキにも奥深さがあるのですよ。宅見さん、焼き方はどれがお好みですか?」
「私は、断然ミディアムレアですね」
「ミディアムレア、それがウェルダンになっていたら?」
「正直、がっかりしますね」
「でしょ。しかも、一度ウェルダンになったものは、何をやったってミディアムレアにはならないですよね?」
「はい」
「居合抜きの一瞬の間合いのように、どの肉にも“今だ!“のタイミングがあって、それを逃したら取り返しがつかないのです」
「おー、確かに」
「しかも、肉によってそれが微妙に違うのです。サシの入り方一つとっても同じ肉は存在しないですから」
「なるほどー」

「家族に最高の焼き具合の肉を食べさせたい、という究極の目的を持って、肉と対峙する緊張と奥深さ。これがここの天国の堪らない魅力なんです」

「なんか肉を焼く人がヒーローに思えて来ました」
「嬉しいですね。それにですね、余談ですが、よりいいお肉焼けますから」
「?」
「飲食店の食材原価、平均で値段の30%と言われています。つまりスーパーで3,000円のお肉はステーキ屋さんで10,000円のメニューと同じお肉ってことです」
「!」
「と考えると、家族の為に焼くお肉に向き合う緊張感も高まります」
「それは確かに」
「失敗は許されませんからね、家族の為に。そしてお肉の為に」
「その通りです」
「宅見さん、どうですか、家族の為に肉を焼く。そのステーキ道、極めてみませんか?」

美味しそうなお肉の匂いに鼻をひくつかせながらも、頑張って思考に集中しようとする宅見・・・。
やがて、
「だめだ、すみません!」
「あら、どうして?」
「もうさっきから、お肉の美味しそうな匂いが気になって気になって。食べたい気持ちが、焼きたい気持ちにどうしても勝ってしまいます・・・。多分、焼いているうちに自分で食べちゃうに違いありません・・・」
「宅見さん、本当にお肉好きなんですね」
「すみません・・・」
「いえいえ、それはそれでとても嬉しいです。どうか気になさらず、きっと宅見さんにピッタリの天国がありますから、頑張って下さい」
「ありがとうございます」

そう言うと、新たな肉をフライパンに乗せてナイスガイあさくま氏は去って行った。

その姿をじっと見つめる宅見。

「宅見さん。あれ?どうしました?」

「ミヒャエルさん。今回、お土産ステーキ、無いんですね・・・」

さて、次はどんな天国に?



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