物語のタネ その九『吸血鬼尾神高志の場合#4』

僕の名前は勇利タケル。
血液商社「ブラキュラ商事」の新人吸血鬼社員である。

出社初日ー

バディとなった先輩の尾神さんが吸血した血に違和感があり、研究所のハールマンさんに調べて貰ったところ重大事件の可能性大!
ということで、今後の判断を仰ぐ為に、この会社の会長にして伝説の吸血鬼ドラキュラ伯爵の元に。

「ソンビ。やはり」

ハールマンさんが緊張の面持ちで応える。
ゾンビってあのゾンビ⁈
本当にいたのか。
僕たち吸血鬼もいるわけだからゾンビがいてもおかしくはないのだけど、今まで会ったことは無いな。
映画やドラマでは観るけど。

「会長、確かですか⁈」
尾神さんが硬い声を発する。
「ここに写っているウイルスは確実に人間をゾンビ化するウイルス。そして、このウイルスはゾンビからしか感染しない」
「ということは・・・」
「そう、奴らが蘇ったということだ・・・」
「まさか、そんなことが」

重い沈黙が流れる。
とてつもないことが起こったのだ、ということは雰囲気で分かる。
そして、僕の頭の中は?だらけ。
ここは勇気を持って・・・

「すみません、ゾンビとヴァンパイアって何か関係があったんですか?」

3人が一斉に僕の方を見る。
ウワッ!しまった、しくじったか⁈

フッと会長の表情が緩んだ。
「そうか、若い奴は知らないよね。これは封印された歴史だから」
そう言うと会長は語り出したー

………

キリスト教では、パンと赤ワインはキリストの体と血を表すことは知ってる?
実は2000年前、あのイエス・キリストが十字架にかけられた時、その血を本当に分け合った若者が2人いたのよ。
イエスには代表的弟子である12使徒以外にも弟子がいた。
因みに、あの有名なパウロもその1人。
そして、その2人の若者もその中にいたの。
十字架にかけられ絶命したイエスを運ぶ途中、悲しみにくれてうちひしがれている先輩使徒達の目を盗んで、杭を打たれた体から流れ出る血を飲んだの。

なぜ飲んだのか?
そうね、2人はイエスを心の底から慕っていたから、イエスを自分の体の中に取り込みたかったのかもしれない。それに若かったから勢いもあったのかもね。

そして、数日が経ちイエスが復活した。
聖書にある有名な話であり、キリスト教の根幹となるお話だから知っているでしょ。
そして、復活したイエスは2人の若者に告げたの。
私の血を分け合った者には永遠の命を与えると。
ただ、永遠の命の形がそれぞれ違っていたの。
1人は死をもって不死とする、そう「ゾンビ」
そして、もう1人が血をもって不死とする、分かるわね「ヴァンパイア」よ

………

「会長、もしかして、その若者というのは・・・」

「そう、私よ」

知らなかった。
僕たち吸血鬼がどうやって誕生し、そしてなぜ不死なのか。
その起源を初めて知った。
これ、知っている人、吸血鬼でいないんじゃないだろうか。

「その続きがあるの」
再び会長は話を始めたー

………

イエスの復活で、2人の若者が実際にイエスの血を啜り、永遠の命を得たことを知った他の使徒達の嫉妬は凄かったわ。
だから、私たちのことは「イエス復活」というキリスト教の上で最も大事な部分に関わるのに聖書には一文字も書かれていないでしょ。
私達がイエスの使徒であったことは歴史の中に封印されることとなった。
私達も、自分達が永遠の命と引き換えに背負った十字架ー1人は死者として生きていく、もう1人は吸血鬼として生きていくーを思うと、キリスト教の教えを広めていく上で自分達の存在は抹殺した方が良いと思ったし。
イエスは、血を啜った私達に生きるということの不条理であり本質を背負わせたのかもしれない、それは罰でもあり幸せでもあり、と。
正直、2000年経ってもまだ答えは出ないけどね。

そうして、イエスの弟子達と袂を分かったゾンビと私なのだけど、キリスト教が布教をして仲間を増やしていくのと同じく、仲間を増やしていく必要があったの。
というか、私の場合、血を吸わないと死んじゃうし、血を吸うと仲間が増えちゃうし、だったんだけど。
だからこそ、無闇やたらに吸血してはいけないな、と私は思って。
結構自重していたの。
おかげで、こんなにスリムになったの。

………

「え?会長、体型違ったんですか⁈」
思わず声に出して質問してしまった。
「そうよ。時代的に写真が無いから残念というか幸いだけど、100キロ近くあったのよ」
信じられん、相当意志が強いんだな、さすが会長。
「続けていい?」
「すみません、続けてください」

………

自重する私とは正反対に、ゾンビは次々と仲間を増やしていったわ。
まるで私達を追放した使徒達に復讐を果たすかのように。
その姿勢を咎めたことからゾンビと私、ヴァンパイアの関係は決裂。
以後、それぞれ独自の生き方をするようになったの。

そして500年の月日が経った。
その間に私達が誕生した頃のことを知っている人間は勿論いなくなり、ゾンビとヴァンパイアの数もそれなりに増えていったんだけど、同時に徐々に人間達との間の歪みも大きくなって来ていた。
そんな時、人間から我々に申し出があったの。
『キリストの血を分けた者として、人間としては私達と共存するつもりです。ただ、両者ともは受け切れない、どちらか一方だけとさせてくれないか、と』
どちらかは人間と一緒に地上に残り、もう一方は、南極の氷の奥深くで永遠の眠りにつく。
それを人間達による選挙で決めたいと。
人類史上初そして唯一のグローバル選挙よ。
あの時は貴族しか選挙権はなかったけど。

………

「それで、ヴァンパイアが勝ったと」
また我慢出来ずに発言してしまった。
「そう」
「でも、どうやって?」

「美男子大作戦よ」
会長は髪をかき上げた。

「どんな時代も、カッコイイ男は武器よ。吸血自重のおかげで、すっかりスリムなモデル体型になっていた私は、とにかく美男子を仲間に引き入れたわ、カプっとしてね。ある意味、今の美男子アイドル事務所の先駆けみたいなものね。一方、ゾンビ側は、あの風貌よ。勝負は圧勝だったわ」
「すごいですね、知らなかったです」
「封印された歴史だからね」
「それで、ゾンビは」
「約束通り南極の氷の奥深くに、皆眠らされることになって。それ以来ずっと眠っている・・・はずだったけど」

ハールマンさんが口を開いた。

「会長、温暖化です、原因は。南極半島の気温はこの50年で2.5度上昇していると言われています。その影響でゾンビ達を眠らせていた氷が溶けたのだと」
「1500年分の怨念を持っての復活か・・・」
それまでずっと黙っていた尾神さんがポツリ。

「今回は、選挙でってわけにはいきそうもないわね」

会長は遠くを見つめる目をしながら呟いた。



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