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ブロックが「流れる」ことについて

上の記事にも書きましたが、コーチングバレーボール基礎編(日本バレーボール協会編)では次のように述べられています。

高く跳ぶためには、スイング・ジャンプを用いて横向きに踏み切り、空中で正対する方が合理的である。
[中略]
また、空中での水平方向への移動を利用することにより、より早く有効なブロックを完成することができる

日本バレーボール協会編.コーチングバレーボール基礎編(pp.163,164).大修館書店

現在世界で最も一般的に使われているブロック戦術は「ゾーン・バンチ・リード・システム」であり、リードブロックとは「セッターがセットしたボールを見て、どこでどんな攻撃がされるかを判断して動き、ジャンプする」ものです。判断してから動いて間に合うために「最短時間で目標に到達する」ということがとても重要になります。そのために「スパイクジャンプのように(助走を活かし)しっかり腕を振って横向きに踏み切り、空中での水平方向への移動を利用する」ことが必要なのです。

「空中移動」のメリット

このことをシンプルに説明しているのが次の図です。

C → B と進むか C → D → B か?   (C → B と D → B の時間は同じ)

「A→C→B」または「A→C→D→B」は身体の重心の軌道をイメージしており、「A」からスタートして「C」または「D」まで床を走り、そこで踏み切って「B」でブロックします。「C→B」は空中移動です。「A→C→B」の方が「A→C→D→B」よりも短時間で行けますね。

ここからは物理学の話なので飛ばしてもらっても結構ですが、同じ高さ(頂点B)までジャンプする場合、幅跳びしても(C→B)真上に跳んでも(D→B)かかる時間は同じになります。同じ高さまで跳ぶということは「真上向きの初速が同じ」ということで、それが真下向きの重力の加速度でだんだん減速していって速度0になるとき頂点で止まるわけです。よって、頂点が同じ高さなら、かかる時間は同じなのです。

つまり、「C→B」と「D→B」は同じ時間がかかり、「D」まで移動して真上に跳ぶよりも、手前の「C」で跳んだ方が「C→D」の移動時間分早く「B」に着けることになります。

この図とほぼ同じ軌道で実際にブロックしているのが元イラン代表のセイエド選手です。

この動画を連続写真にしたのがこちら。

重心の位置を出すのは難しいので、代わりに「胸の中心」の位置変化(ピンクの〇)を1枚の画像に示したのが次の写真です。セイエド選手については、踏み切り直前とブロックヒットの瞬間の画像をつないであります。時間間隔は一定ではありませんが、空中移動を示す2つ目の〇以降はほぼ放物線を描いているのが分かると思います。

セイエド選手のこのブロックでは、左足の踏み切り位置から腕ににボールが当たった位置までの水平移動距離は約95cmと計算できました。つまり、垂直に跳ぶよりも1m程遠くまで、同じ時間でブロックを完成させることができたということになります。もちろんこれは世界一の極端な例ですが、「空中移動」を利用することは間違いなく、リードブロックをやろうとする全ての人のメリットになるでしょう。

「流れる」ことはマイナスなのか?

高く跳べるとともに「空中移動」を使えることがスイングブロックのメリットですが、「ブロックは流れるな」と言われることが多いのも事実だと思います。「流れる」ことは本当にマイナスなのでしょうか?

ブロックで「流れる」と言われるものには実は3つあります。

1.腕を斜めにしてスパイクコースに持って行こうとする
2.体幹を斜めにするなどして崩す
3.重心の空中移動

Coaching & Playing Volleyball 78号p8-11「3枚ブロックと三角ゾーンの秘密~スパイクから見たブロック枚数と成功の関係~」蔦宗浩二(2012)

1については、蔦宗氏が「三角ゾーンができることによって1枚ブロックよりも効果が劣ることになる」ことを明らかにしています(上の写真)。高さも低くなり、「腕だけ持って行く」のはデメリットが大きいでしょう。

2については、上の写真のように体幹が斜めになる以外にも、空中姿勢が様々に乱れることがよく起こります。特に「間に合わない」と思ったときに慌てて姿勢が崩れ、有効なブロックヒットにならず、デメリットが大きいのは明らかです。

しかし、3については、セイエド選手の例でも分かるように、極端な空中移動があっても、体幹や腕はきれいに安定して有効なブロックを完成させることもできるわけです。「空中移動」することと「空中姿勢をコントロール」することとは別のことです。1~3を区別せずになんとなく「流れてはいけない」と考えていないでしょうか?

「空中移動」に対して「ブロックが動くとディガーが位置取りできなくなる」という批判もありますが、ブロッカーがちゃんと「想定通り」に空中移動してコースをふさいでくれたら、ディガーは問題なく位置取りできるはずです。「この状況でこのスタートが切れたら、ここまでブロックは行けるはず、このコースはボールは来ないはずだ」という想定を裏切らなければよいのです。

トータルディフェンス、つまりディガーとの連携で重要なのはブロッカーが「真っ直ぐ真上に跳ぶ」ことではなく、「ディガーの予測を裏切らない」ということです。

「流れるな」と言われると

ブロックが思うようにいかなかったときに「流れた」せいだと思う人はとても多いようです。それは「空中姿勢が崩れた」ということをイメージしているのかもしれません。しかし、そこで「流れるな」と言われると「ボールのコースへ行って真上に跳ぼう」とするのではないでしょうか?「空中移動したから失敗した、空中移動してはいけない」と思う選手は多いでしょう。

しかし、「完全にブロックコースへ行って、正対して、スパイクヒットの前に完成させなければならない」と思っていたら、リードブロックで間に合うのは無理ということがとても多くなります。「どうせ無理」と思って行くのをやめ、ゲスに頼ることになるでしょう。

空中移動を利用し、身体能力の最大限を発揮しても間に合わないことはいくらでもありますが、諦めずに跳んでみるということを繰り返し、その限界を認識した上で、できるだけのことをやるというのがブロックで一番重要なことだと考えています。トップカテゴリーでも「間に合うことを知らない」のが日本ではむしろ普通だと思います。

もちろん「空中移動しすぎた」という場合はあるでしょう。しかし、それは「目測を誤って行き過ぎた」ということであり、「空中移動の幅の調節」もしくは「踏み切り位置の判断」の問題です。

似たような話として、スパイクで「かぶった」時に「幅跳びしないで真上に跳べ」と言われることがあると思いますが、
・幅跳びしたからかぶったのでしょうか?
・幅跳びしなければ「かぶる」ことは起きないでしょうか?
・まず「真上に跳ぶジャンプ」を身につけるべきでしょうか?
・「ボールを捉えるべき位置まで行ってからジャンプ」すべきでしょうか?
・そうしようとすると「理想のジャンプ」ができるようになるでしょうか?

理想のジャンプは、何よりも「高く跳べること」が重要で、高く跳ぶにはある程度「前に跳ぶことは必要」なので、多少なりとも「幅跳びしながら位置とタイミングを合わせる」感覚をつかんでいく方がいいと思います。

「真上に跳んでみる」のは「合わせる(空間の位置を捉えコントロールする)感覚」をつかむ過程の一コマとして役に立つかもしれませんが、ゴールではないはずです。「真上に跳ばないと合わせられない」というプレイヤーを生み出してはいけないと思います。

「幅跳びの量を調節できる」つまり、「真上」も含めて「どのくらい前跳びするか」で自在に位置を合わせることができるようになってほしいですね。ブロックでそれをやるのはスパイクよりも難しいことではないと思います。

「流れてはいけない」という言葉が浮かんだら、聞いたら、「それはどういう意味だろう?」と考えてみていただければと思います。

2024.7.22追記:
正対してから跳ばないとブロックの完成が遅れる。だから、クロスオーバステップで正対してから跳ばなければならない」という考え方があるようです。

失敗した → 完成が遅れたからだ → 跳ぶ前にブロックの形を作っておけば遅れることはない

という理屈でしょうか?

「正対してから跳んだ方が早く完成できる」ということだとすると
踏み切りの両足が着地する時(沈み込む前)には両手を前に構えておく
ということでしょうか?
沈み込み始めてから離陸までには結構時間があるのですが、その間は何をしているんでしょう?
その間に体がどんな動きをするのかについては、こちらが参考になるかと思います。

▶︎布村忠弘のプロフィール

バレーボールに関する記事を執筆しています。バレーボーラーにとって有益な情報を提供することをコンセプトにしています。