日本M&Aセンターの売上高不正粉飾事件を考察する
ニッチな業界の話ですが、事業投資を仕事にしている仲間うちで有名な会社として、「日本M&Aセンター」という会社があります。
事業内容はざっくりいうと、「事業承継」をキーワードに、投資銀行や証券会社が扱わないような中堅中小企業のM&Aをサポートする仲介業で、独立行政法人か第三セクターかと思ってしまうような社名をしていますが、れっきとした東証一部上場会社です。
会計事務所や金融機関との強固なネットワークを背景に飛ぶ鳥を落とす勢いで業績を伸ばし、日本では業界最大手のM&A仲介会社となり、M&Aの年間成約件数ではギネス記録も樹立、一時期は時価総額も1兆円を超えた凄まじい会社です。
世間一般には高給の会社として知られていることでしょう。
M&A仲介手数料は業界全体として結構高額で、その収益性の高さが高給の源泉です。そういう意味で色々と注目の的にもなっているわけです。
そんな日本M&Aセンターにて、ショッキングな事件が起こりました。
「売上高計上時期について不適切事例が見つかった」ということは、すなわち「本来売上でなかったものが売上計上されていた」ということで、日本M&Aセンターのビジネスモデルでいえば、「受け取っていない手数料を受け取っていると報告していた」という話になります。
調べてみると色々と興味深い情報が出てきました。
本日は個人的な関心も含めて、このニュースについて考察していきたいと思います。
1.事態の概要
上場企業の決算内容に関係する不正事件ということで、当然ながら第三者委員会による調査報告がなされています。
https://www.nihon-ma.co.jp/ir/pdf/220214_information1.pdf
67ページにもわたる報告書によると、概ね下記のようなアウトラインだったことが読み取れます。
署名の偽造という事態そのものは非常に危険な行為でインパクトのあるものですが、一方で不正はあくまで内部報告のためのものであり、外部に対して偽造した署名を使ったというような悪質さはない点は留意すべきでしょう。
渡部取締役をはじめ三宅社長・楢木副社長、その他経営陣の動きは非常に迅速かつ的確だったように思います。直近の四半期決算説明資料では冒頭20ページ以上を割いて説明が実施されており、投資家の顔色を窺っているのだろうという推測を割り引いても誠実な説明がなされているといえるでしょう。
2.事態の背景
その直近の四半期決算説明資料で、事態の背景について詳しい説明がなされています。
業績達成へのプレッシャーという会社の責任部分を第一に持ってきているのは潔いといえるでしょう。
個人的には不正をした本人の倫理観の問題が当然第一だろうと思っていて、会社としてそこを敢えて庇うのであれば、それはすなわち従業員の倫理観を歪ませるレベルのプレッシャーだったという話になりそうですが、それで問題ないというのですから、従業員に対しても非常に寛大な会社なのだろうと思います。
パンデミック下で営業環境が大きく悪化というのも見逃せません。
前期の決算説明資料ではパンデミックの影響など関係ないと言わんばかりの成長性をアピールしていました。
事実としてこの期は期初から2か月近くのロックダウンがあったりと、仲介の営業マンとしては大変だったはずなのにも関わらず、です。
11期連続の増収増益、12期連続の最高益更新という成長曲線は止めてはならぬのだと号令がかかっていたであろうことは想像に難くありません。相当のプレッシャーが実際に存在したことでしょう。
事実として不正売上報告はこの期から急増したとのことで、経営層からの無茶な号令に対して営業マンがどうしようもなくなってしまった結果として起こった不正なのではないかとも考えられそうです。
実際、再発防止策としてのコンプライアンス強化の項でも、「押し込み営業の禁止」や、「過度のプレッシャーが掛からない体制への変化」といった文言があります。
「厳しすぎるノルマは不正を生む」という考え方を会社全体として持つようになったのではないでしょうか。
一方で、従業員たちの倫理観という問題はもう少しフォーカスされてもいいように思います。プレッシャーでパニックになってしまった営業マンが正常な判断をできなくなってしまうというのは仕方がないのかもしれませんが、「知っていた他の部長も通報すると裏切った感がある」などというのは正直言い訳にもなっていない印象を受けました。
3.事態の大きさについて
営業部署のほとんどが不正に関わっていたという事態の大きさの点で特に、今回の事案は重大だと思います。
表を見る限り、「会計事務所2部」「事業法人3部」という歯抜けの部署がありますので、部分的には不正に関与していないチームもあるであろうことは読み取れるのですが、営業本部以下の5事業部において、完全に白だったのは渡部取締役の業種特化事業部のみです。
複数年度にわたる不正が渡部取締役が気づくまで発覚しなかったことは、つまり他の4事業部に隠蔽体質があったと言われても仕方ないことでしょう。
部長を含め、80名以上の不正関与者がいると調査報告でも明らかになっています。相当数の社員への人事懲戒処分が見込まれます。
4.役員について
不正の当事者のみならず、役員に関しても処分が下されました。
三宅社長が率先して責任を取るのは当然として、管理部門長であった楢木副社長および営業本部長であった竹内常務はそれに次いで重い処分を受けています。
下世話な話をあえてするならば、営業出身の取締役の中で唯一処分を受けていない渡部取締役は今回の事態発覚の功労者であり、出世レースでは頭一つ抜きん出た感があります。今回の件など関係なく新卒入社から異例のスピード出世を果たされている方であり、次期社長と目されている方なのではないでしょうか。
竹内常務の前に営業本部長だった大槻常務も比較的軽微な処分です。かつて専務だったという記載がなぜかホームページからなくなっている理由など、詳細は話がそれるので省きますが紆余曲折を経られている方です。営業本部長の交代の時点で竹内常務に抜かされた感がありましたが、分からなくなってきた印象があります。
閑話休題、気になるのは役員報酬の話です。三宅社長が自主返納も含め全額返納、楢木副社長と竹内専務は合計50%の返納と思い切りのよいことを書いてあるようにも思えますが、実際は数か月で処分は切れます。
多少古い日付のPDFなのでもしかしたら今では変わっているのかもしれませんが、日本M&Aセンターの取締役の任期は1年です。ということは、「現在の任期満了までの報酬返納」はすなわち3月決算の後の株主総会が開かれる例年6月までの数か月だけの処分ということになります。
5.業界への影響について
本件はあくまで日本M&Aセンターの内部的な話であり、業界全体としての影響は限定的でしょう。
実際、日本M&Aセンターの株価は約半値まで吹き飛びましたが、M&Aキャピタルパートナーズやストライクといった競合銘柄はそれほどの打撃を受けていません。
M&A仲介業の報酬が高額であることは本記事の冒頭にも書いた通りですし、日本M&Aセンターが「押し込み営業の禁止」と反省している通り、過度な営業というのも実際あるのでしょう。
そうした営業活動自体たびたび批判の対象にもなっていて、行政主導での規制を受ける前に大手5社が先手を打って業界の自主規制団体を作ったりもしているのですが、今回の社内的な不正事件が直接行政から目をつけられるようなきっかけには流石にならないのではと思っています。
今回の不正が顧客への詐欺などを伴うものであれば、業界全体を巻き込む問題に発展しそうなものですが、現状はそこまでいってないというのが客観的な評価でしょう。
6.日本M&Aセンターの今後
先に述べたように、本件は部長を含め80名以上の不正関与者がいると調査報告でも明らかになっているため、相当数の社員への人事懲戒処分が見込まれます。
あくまで予想ですが、相当数の退職者が出るのではないでしょうか。
仮に自分がこうした立場になってしまったと想像して、どう考えるでしょうか。不正行為者の烙印が押された自分はもはや今後昇進の余地はなさそうだとか、あるいは不正に関与した部長の下にいても出世はできなさそうだとか、そうした思いがよぎるのではないでしょうか。
営業サイド以外の部門でも、こんな不正をしでかす営業マンたちのサポートは御免だと考える人も出てくるかもしれません。
決算説明資料では従業員に寛大な書き方をしてくれてはいるものの、不安を完全に払拭することは出来ないでしょう。
M&A仲介の業界は、日本M&Aセンターを含めほぼ全ての会社が歩合給ということもあり、人の移り変わりが激しい業界であると聞いています。自社での立身出世が期待できないという確信を持ってしまった人が再起を誓って他社に移ることは珍しくないでしょう。
例えばFUNDBOOKという会社の役員を見てみると、実に取締役5名が日本M&Aセンター出身者で構成されています。まさに日本M&Aセンターで実力のあった人は他社でも通用するという証左ではないでしょうか。
そういう形で他社に移る、あるいは自分たちで会社を立ち上げて第二第三のFUNDBOOKを作り上げてしまおうという人が、今回の一件を機に多数出てくるのではないかと予想しています。
株価が高値から半分になったこともあり、ストックオプションの魅力も半減しています。当時の行使価格5490円から2度の分割を経たことを踏まえると、実際の行使価格1372.5円でしょうか。昨年の3600円の高値から半減して1800円程度になった今の株価では、魅力はかなり薄まってしまいました。退職を思いとどまる材料としては些か心もとないです。
日本M&Aセンターは業界1位・時価総額1兆円の会社で、2位のM&Aキャピタルパートナーズや3位のストライクといった競合を寄せ付けないレベルでダントツ1位の会社でした。
今回の一件を機に多くの人材流出が起これば、日本M&Aセンターの一強時代は終わり、改めて群雄割拠の時代がやってくるように思います。
そして日本M&Aセンターでそれに立ち向かう船頭として白羽の矢が立つのはやはり渡部取締役なのだろうと予想しています。
本日は以上です。
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それではまた次回。
2022.2.16 さいとうさん
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