小話エッセイ/黑人魚(ブラックマーメイド)③ 完結
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==事件翌日==
「黒人魚ったら、涙も枯れて出ないみたい」
クローゼット内では、お冬はじめ古参の洋服たちが心配そうな声を上げていた。
フランス生まれを誇った黒い生地は、やわらかくて繊細。空いた穴はどうにも目立って仕方なかった。
汚れた部分は御主人がそっと洗ったものの、絞ることもできず風呂場に吊るされたままである。
「お直しのお店に出すのかしら」
「そんな浪費ないわ。御主人は変わったの」
「エコバッグに生まれ変わらせるとか」
「カットソー生地を?裏地つけて?ムリよ」
皆が口々に噂し合うのに対して、
「あたし、もうお仕舞いなのね・・」
黒人魚からは悲痛な嘆きが発せられる。
古着屋から買い取られ、せっかく第二の服生をと思った矢先にこの有り様。
絶望で目の前は真黒であったことだろう。
と――。
「見て! みなさん」
誰かが袖を指した先、ふやけたチキンをむしゃむしゃやっていた御主人が、やおら立ち上がったのだ。
手を洗って物入れから取り出したのは・・。
「まあ、あれほど嫌っていた老眼鏡をしているわ!」
「お裁縫セットも。縫い合わせるつもりよ」
「えっ、あの人直線しか縫えないんじゃ」
「がんばって! 肩こりに負けないで」・・
§ § §
あの時、クローゼットの中から何か声援が聞えたような気がするが、そんな事に構ってはいられなかった。
はじめは穴だらけのスカートの画像をアップして、皆さまに対処法をご教授願おうと考えていた。
しかし惨めな姿をネットで晒されるスカートがあまりに不憫と考えなおし、踏み切った緊急手術であった。
細い針と糸ですべての穴を塞ぐ作業は、深夜まで及んだ。
アイロンをあてて穿いてみる。
ところどころに黒豆納豆がくっついたような盛り上がりと引きつれが見られるが、気づく人などいないだろう。
大丈夫、イオンに出かける(暫くは徒歩限定)には十分だ。
肌に煩わしかったタグも切った。
おフランスだか何だか知らないが、お前はもう立派なウチの子。
黒人魚 改め、黒豆ちゃんの誕生だ。
(おわり)
来週前半、小話エッセイはお休みします。
次回は8/16(水)に更新予定です。
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