『吸血姫 - きゅうけつき -』第八夜【創作大賞2024-応募作品】
ひと月を過ぎ、エミールが来るかと身構えていたが、いつの間にか季節は学祭シーズンへ突入していた。
気を張っていても仕方がないので、来たらその時と思いつつも半分忘れていた。阿人とはあれっ切り顔を合わせる事も無い。
ゼミに入りたての一年生なので学祭に際し雑用が主だ。
研究展示発表の準備に退屈で緩慢な日々を過ごした。
わたしの専攻は日本文学で古文書を読み漁る毎日だ。
これは好きだからとことん探求したい。
キャンパスから駅に向かって歩みながら将来の事を真剣に考えてみようかと思い始めた。
イベントが始まると準備期間が一番楽しかったと思うのはどうしてだろうか。学祭が始まり、ゼミの研究展示の店番をするわたしの所へヒカリが遊びに来た。
来月〈もう一つの学祭〉に行こうと誘われた。
山の方に(一応東京都内)理工学部と農学部のキャンパスがありヒカリは農学部の学生と付き合っていた。
彼の所属するサークルが露店をやるのでヒカリも参加すると言う。
わたしはサクラ要員として呼ばれているらしいが、まあ楽しそうだし行くことにした。
***
十一月某日、晴天、最寄り駅から十分歩いて小高い山を見上げ、まだ見ぬ山頂の西門を仰ぐ。
実際の標高は百メートルに満たないらしいが、噂には聞いていたがキャンパスに辿り着く前にか弱い大学生は力尽きてしまうだろう。
蛇の腹のようにうねった坂道を延々上るか、修行と叫ばずにはいかない階段しか選択肢は無いかと思われたが、今は低層に立派な校舎が建ち地獄坂の途中に繋がる専用のエスカレーター付きスロープがある。
残念ながら学祭期間中は低層の校舎は閉鎖されワープポイントは立ち入り禁止だ。
こっそりスクーターで途中まで昇るか、正門にある停留所を使いバスで来るかだ。
何だバスがあるじゃないかと言われそうだが、最寄り駅に近いのは正反対側の門で体力自慢にならざる得ない理由があるのだ。
手作り感満載の西門ゲートを通り、運営からパンフレットを手渡された。
ヒカリは一時間程しないと解放されないようだから、時間が来るまでキャンパス内を散策する事にした。
わたしのいるキャンパスと空気感が全く違う。
同じ大学なのにここまでカラーが違うのも楽しい。
寄って行きなよと誘われる声を聴き流し、奥へと進んだ。
一番奥は農学部の露店が占めていて園芸や採れたて野菜が販売されている。
地方の物もあってそれを目指して来ている客も多いのか凄い盛況ぶりだった。
農学部エリアを離れ古い学生会館まで戻って来た。
ここでは各種催しが行われ外でも中でも何かしらイベント中だった。
西門近くのメインステージではプロのステージが始まるのか賑わっている。
呼び込み合戦の間を抜けヒカリに合流し、そのままクレープ屋台の売り子に駆り出された。
サークル勧誘を辞退するのに骨が折れたが学生屋台にしては美味しいと思っていたら親が本職というのがいて、納得の手さばきと焼き加減だ。生地は最高に美味しい。
クリームは既製品で値段も安いが味もマイルド、お祭りなのだ。
雰囲気で食すべし。
午後も二時を回りヒカリと別れて展示物を見て回った。
研究展示は門外漢にはサッパリでほとんど素通りし、帰ろうかと中央塔付近を歩いていると声をかけられた。
横に並んで歩く者がいる。
まだまだ人が多い通り道を器用に並んで歩くのは阿人だった。
気付かないふりして歩いていたら、少し大きな声で「おいってば」なんて言ってるし……そう言えばオーナーから同じ大学だって聞いてたっけ……だから〈おい〉じゃないってば!
「晴夏!」
まさか名前を呼ばれるとは思わなかったから足が止まった。
「なによ」
振り返ったわたしと目が合うと、さっと視線を逸らした。
イラッと来て行ってしまおうかと思ったら腕を掴まれた。振り解いてしまっても良かったが阿人に任せた。
「ちょっとそこまで付き合えよ」
呆れるわたしの腕を引き、阿人はメインステージを眺める芝生に座った。
ここならステージの音量もあって多少の話声はかき消されるだろう。
わたしは阿人が話し出すのを待っている。
向うが誘って来たのだから。
「あの……さ、どうしてた?」
「別に、普通。平穏な日常だったわ、さっきまでね」余計な事言ったかなと阿人を盗み見たが本人は分かっていないようで「そっか」なんて呟いていた。
当たり障りのない話を振った。「ここの学生だったんだ。学部何?」
「機械工学――」
沈黙が降りた。
通り過ぎる学生たちは楽しそうなのに、わたしはお通夜の最中だ。
メインステージでは最終プログラムの管弦楽が始まろうとしていた。
楽器が音合わせをする様子は動物達が鳴いているようで、この音合わせの時間は好きだ。
「エミールから何もないけど、フラれたのかしら。〈狼さん〉の方には何かあった?」
エミールというワードに反応したのか身体から殺気が滲みだす。
「あの吸血鬼は……もう少し出て来るのに時間がかかる……かな」
――なぜ?
問いかけようとしたわたしは背筋に冷たい物が走った。
阿人の顔に笑みが広がりそれは得物を狩る獣のものだった。わたしの目を見て、ふふんと笑う。
「野郎の棺桶を見つけて出して急襲した。叩き壊してやったからまだ野宿をしているだろう。棺桶で眠れないと力の維持とメンテナンスに齟齬が生じるから、晴夏の前には出られないよ……当分ね」
破壊を尽くした者特有のうっとりした眼差しが、わたしの顔を映していた。
先程までの物怖じした様子が一変し、自信に溢れた顔と右手がわたしに触れようと近づく。戦果の褒美を受け取るために――。
「で、なぜ呼び捨て?」
指先が止まり阿人の目に動揺が走った。
視線を逸らし右手は力無く芝生に落ちた。
わたしも意地悪が過ぎたようだ。
多少ばつの悪い沈黙の後ボソッと「悪かったよ……」
じゃあなって言って立ち上がり、声をかけて来た時と同じように去って行った。
――ああ、もう!
わたしもキャンパスを後にした。
楽しい時間は不毛な会話により見事粉砕された。
坂を転がりそうになりながら下り、他の学生に混じり駅に向かった。
-つづく-
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