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【創作大賞2024-応募作品】『アブソリュート サンクチュアリー』〈Sleeping Beauty -眠り姫- 編〉Ep2 人生の終焉

 右肩を殴られたような感触と、同時に足がもつれて倒れ込む。

「いってぇえ」

 右手がうまく使えず、顔から転倒してしまった。
 全力で走ってからの転倒だから、酸素の供給がままならない。
 仰向けに無様に転がった状態で、熱く疼く右肩に左手を当てて、ぎょっとした。

「血、が、吹きで、てる」

 首を右に傾ける勇気はない、生暖かい液体が指の間から絶え間なく溢れてくる。

「意味、が、分からない」

 激痛が脳髄を直撃し、苦痛で顔が歪む。
 どうしても左手についた何かを目視したくなくて、腰あたりに擦り付けながら一番近い大学病院は受け付けてくれるだろうかと、ぼんやり考える余裕があった。

「よし、びょ、ういん、に、行こう」
 声に出して言わないと意識が飛びそうだ。

 会社員風が足も動かさず近寄ってきて、何の躊躇もなく無造作に、仰向けになった脇腹を刺した。
 自分が地球と串刺しになったと感じた。
 言葉のひとつも出せないまま、指先の感覚が喪失していくのを感じていた。

 血の滴る刀を抜いた会社員風は、刃先を心臓にポイントする。

 おれは、赤い刃先をぼんやりと見上げていた。

「ちょっと、何遊んでいるのよ!」
「だな、早くしないとゲームオーバーになるぞ」

 ごく近くから、男女の話し声が聞こえる。

 人生の終焉を迎える時、そこに何があるのか。おれの場合は幻聴らしかった。

「何言ってんだよ。お前ら、…………お前らって……ん?」

 凶刃きょうじんが振り下ろされた時、頭の中で何かが閃き、おれを中心に衝撃波が唸りを立てて二重三重に広がる。
 回りの建物は悲鳴のような軋み音を上げ、建物の窓ガラスが吹き飛んでいった。

 衝撃波で飛ばされたと思った会社員風は、五メートル先で何かに後ろから頭を掴まれ揺れていた。
 ソフトに握られた指先から、想像出来ないような苦しみを受けているのか、恐怖に顔が歪んでいる。
 指先は優しく、あくまで優しく握りしめていく。
 鈍い音を立てて頭を潰された身体は、黒い霧となって消えていった。

 黒い霧の向う、背の高いがっしりとした二十代後半の男が、カジュアルな服装に黒い瞳と短髪で、背中から漆黒の翼をはためかせ、おれに笑顔を向けていた。

「久し振り、九郎くろう

 おれは寝た体制のまま左手を上げて見せたが、顔が痛みで引きつってしまう。

「死に損なった気分はどうだい?」

 九郎と言われた男は、空中でホバリングしながらこちらを見ていた。
 おれは苦笑いを浮かべるしかなかったが、正直今の状態は……キツイ。

 眼前に海外のファッション誌から抜け出たような、二十歳位の女が現れた。黒髪が目線と肩の上で切り揃えられ、金色の瞳がフレアのように揺れている。眉目秀麗という言葉はこの美女の為にあるのだろう。彼女は片膝をつきおれの顔を撫でた。

翔琉かけるちゃん、さぁ帰りましょう。ちょっと、身体は雑巾みたいになっちゃたかな」

 彼女は手を一振りし、裾に星屑が散りばめられた黒く美しい単衣ひとえを出現させると、俺の体を浮かせて単衣で包んだ、そのまま抱き抱えて、おかえりなさいとやさしく囁きながら、おれの額に自分の額をすり寄せていた。
 とても薄い単衣はおれの傷を物凄い勢いで治していく。
 傍らにふわりと舞い降りた九郎から漆黒の羽は消えていた。

みやに帰るぞ。シェリル」
「うーん、もう」
 九朗にシェリルと呼ばれた彼女は、名残惜しそうに額を離した。

「九郎、帰る前に叩き起こされたお礼をしたいんだが、いいよね?」
 おれはチラリと頭上を見上げ、上空に浮かぶ不自然な空の箇所をにらむ。
 シェリルがおれを立ち上がるのを助け、単衣は九朗に渡した。

「単衣の効果で人で負った傷は、七十パーセント程度しか治っていないがいいのか? 痛いぞ」

 九朗はふふんと笑いながら単衣を受け取り、一振りするところもは消えてしまった。

 ――面白がってんな。

「目覚めの何とかってやつだ。帰り支度して待ってろよ、手出ししたら一緒に〈切る〉から」

 歩きだしながら、コートや、タオルマフラー、肩掛けバッグなどを体から外し、前方に投げる。
 それらは、見る間に霧散していく。
 初めから無かったかのように。

 脇腹と右肩の傷はしっかり塞がっていた。真っ赤に染めた長袖Tシャツと、黒のスリムパンツにブーツの軽装になった。

 歩きながら、左手で何かを握る形を作る。
 フォン! 
 光の粒を纏って一本の直長剣が出現した。

 美しい幾何学模様の入った鞘から右手でゆっくりと引き抜く。
 シャララ―っと透き通った音を響かせた刀身は薄く、黒水晶のように半透明、対して両刃は白銀の煌めきを放つ。
 装飾は特にないが剣自体がとても美しい。鞘は消え去っていた。

 刀身越しに透けて見えるセピアの瞳に怒りの炎を燻らせ、血だらけの身体を青白い燐光が包んでいった。

 ――逃げられないよ、おれ、起きちゃったからね。

-つづく-


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