見出し画像

【創作大賞2024-応募作品】『アブソリュート サンクチュアリー』〈Sleeping Beauty -眠り姫- 編〉Ep3 二つ名

 予備動作無しで、剣を頭上に振りぬく。

 一か所だけ灰褐色の空に向かって、青白い光を叩きつけるように走らせた。
 灰褐色の箇所が光を嫌うように反射させると、上空には、平安貴族のような束帯そくたいを纏った禿頭とくとうの大男が一人浮かんでいた。

「目覚めてしまったか」そうつぶやき、地獄の鬼もこんな顔だろうと思われる形相に、薄ら笑いを浮かべながら禿頭を撫ぜている。

「勝手に起こしといてそれはないだろう、責任は取ってもらうぞ」

「〈冥府めいふの姫〉よ、束の間の人まねは、さぞ楽しかったでしょう。ほら、目覚めてしまえばわれの結界が無ければ、姫の神気が人世界ひとせかいを焼いてしまうでしょう? もう一つの属性の人の気が、人世界を恋しいと望むのでしょうか。なんともいじらしい、転生までしてしがみつこうとは」

「へぇ、おれの二つ名を本人の前で堂々と言える奴がいるとわね。お前がちょっかいかけなきゃ、今日は楽しみにしていたライブの日だったのに、台無しにしやがって、どう過ごそうがほっとけよ」

 束帯野郎はおれを上から睥睨したまま、まだ笑っている。

「姫よ、なぜ人を乞うのですか姫は、人のための神ではありません。人を理解し、寄り添う必要はなく、あるのは、おお、怖い、〈特級の神気〉が無駄にまぶしいわ」
 わざとらしく顔を覆う真似をしながら、しっかり語尾は笑っていた。

「んー、新手の精神攻撃か何かか? 世界に二人の特級神で人のための神じゃなし、人世界じゃ邪魔だから、役割の時以外は自分のみやに引っ込んでろって事でいいのかな」
 おれは抜き身の神剣を肩に担いで、束帯野郎を仰ぎ見た。

「まさか、意見などと滅相もない。その神剣〈ソード オブ デストラクション〉で姫は好きに狩り、好きに壊せばよいのです。本来はこの世界のことわりなど、どうでもよいのでしょう? 〈特級〉なのですから」
 特級の所にアクセントを込めて、嘲笑スタンスは変わらない。

「相手の属性関係なく話は聞く方だけど、壊せばいいってもんじゃないでしょ、役割ってあるでしょ」

 束帯野郎がゆっくりと地上まで降下してきた。今のところ本気でやりあうつもりはないらしい、九朗も、シェリルも油断なく後方の警戒をしている。

「その神剣は、ASの破壊が出来る唯一無二の物、この世界で、〈アブソリュート サンクチュアリー(絶対神域)〉が切れる物など、あってはならぬものだ。だが、そなたの顕現で世界の均衡が狂って三千年経ち、神界と魔界が、人世界に〈姫〉が興味を示したと、戦々恐々なのよ」
 ほほほと、口元を覆って笑っている。

「ああー、そういう受け止め方になるわけね。おれが人世界に絡むと災禍しかないからか、お前さ、本当のところおれにどうしてほしいの」
 後ろで、九朗とシェリルも困惑している。

「我の願いを聞いてくれるのか」

「殺そうとするわ、二つ名は呼ぶは、それはないな」

 束帯野郎は、少し残念そうだった。

「なればせめて」
 そう言うと、手にしゃくではなく、長刀が握られていた。

「おれが無いと言ったら、何も無いということだ」

 神剣をおろさず地を蹴った。
 そのまま神気の乗った一撃を打ち込むべく神剣を振り下ろす。

 軽く長刀で刃先をかわされ、粉塵を舞い上げて束帯野郎目掛けて飛びかかる。
 神剣の青白い軌跡が流星の如く飛び交い、幾度目かの鍔迫り合いで、激しく上空に突き飛ばされた。
 ドーム施設に隣接するホテルの壁面に足から着地し、反動を利用して飛び出すと、レンガ造りの建物のように脆く崩れ去っていった。
 上空三十メートルで切り結ぶ度、青白い火花が波となって周りの建物も破壊されてゆく。

 本来なら、束帯野郎の張った結界は、外からおれのアブソリュート サンクチュアリー(AS)といわれる一級神以上が使える絶対神域で包んでしまい、相手の結界を神剣で破壊した上でほふってやるのが通常だが、どういうわけか、束帯野郎をぶっ飛ばす事しか考えていなかった。

 人世界に影響が出るかもしれないとか、そういうことは全く頭の片隅にも無かったのである。
 これまでの経験から、考えられない戦い方だった。

 左から渾身の力で振り抜いた一撃は、遊園地の観覧車をスパッと上下に分断し蒸発させた。
 反動で体が悲鳴を上げ、口から鮮血を吐き出す。

「人なんぞに身をやつした代わりに、腕が鈍りましたか?」

「言ってろ」

 地上に束帯野郎を見つけ矢のように切りかかる。
 束帯野郎が薄ら笑いで刀身を受けた足元に亀裂が走り、地面が陥没していく。いきなり往なされ体制を崩したところに切っ先が頬を掠めた。

 ――何故だ? 傷の治療は未完だが神剣のスピードも威力も落ちていないはず。

 束帯野郎はずっと薄ら笑いを浮かべたまま、攻撃を柳に枝にと受け流している。
 致命傷どころか着物の端一つ切られていないのだった。

「姫よ、何を躊躇するのですか、我をほふって高笑いするのではないか? それとも、人の姿の者は切れなくなりましたか?」
 束帯野郎は、初めてやさしく笑った。

「あなた様を想うモノなどおりませぬ。人の気を宿す汚れた特級神など、この世界は決して許しません。そのうち、あなた様をこの世界からきれいに祓って、系譜けいふ(一族のこと)のいない単神たんしんぼっちの寂しさから救ってさしあげましょう」
 ほほほと、手をあて笑った。

 何かが、切れた音を聞いた。

-つづく-


ここまで読んで頂きありがとうございます。
〈スキ〉を頂けると創作の励みになります。よろしくお願いいたします。

全作品目次はこちら


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!