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『推し活 -False angel-』 12話-霜月-前編【創作大賞2024-応募作品】

 -注意書き-
 この話はフィクションです。
 登場する人物名、地名、事件等は全て架空の物です。

 以下から、本文が始まります。


 仕込みを完了してから分析まで二週間経っていた。
〈ゆみちん〉は仕分けされたデータを見ながら、眉間にしわが寄っていくのを感じていた。普段なら額にしわが残るからそんな顔はしなように気を使っている。今はそれどころではなかった。

 ゆみちんはアプリ改修用サーバで新システム用のプログラムのテストとパッチ当てを担当していた。他にシステムを担当している運営VIPが二人いて、運営チームは個人情報と基幹システム、ベータアプリを扱うシステム周りのメンテナンスを主にしていた。
 運営側は規模の拡大を見越して、VIP内でシステム関与にふさわしいと思われる人選を非公式に行っていて、数人がVIPとして様子を見ていたようだった。
 その中で群を抜いていた〈るーと〉と〈Schrodinger(ゆみちん)〉は、数回の打ち合わせの後、選抜VIPの称号と、運営システムメンテナンスの一翼をになうこととなった。
 二人は技術支援の内容と評価が高く、同時にコミュニケーション能力も優れていた。運営側として引き入れない選択肢は無かった。

 システムを触るにあたって、別途契約書が交わされている。選抜VIPは身分証明済だが実働しているシステムに何かされては、ネットニュースを賑わせてしまう。
 セキュリティや個人情報の取り扱い、責任範囲などについて細かく書かれた契約書は五枚にも及び、ゆみちんは未成年なので親の承諾書も提出していた。ゆみちんの両親は、娘が将来起業したいと常日頃から言っていたので、その勉強も兼ねて今回の参入を許している。両親は貿易系の会社を経営し年の半分は世界を飛び回っていた。

 たまに使っているネットカフェのブース内でとっくに空になったコーラをすすりながら、大きなため息をついていた。
「マージか、殺人鬼でしょ」
 画面にはバックアップサーバーから抜いたデータが表示され、〈チカ〉のIDにチャット参加したIDと会話内容を全て抽出し、分類されたものだった。
 ゆみちんには簡単なクラッキングだった。メンテナンスのついでにコピー先をちょっと追加して、その痕跡を残さないように処理済だ。大元のクラウドに外部から侵入するようなクラックと違い、内部メンテナンスと同時進行でデータを偽装した自分のストレージにコピーする。思ったより普通のセキュリティーで、侵入を偽装するのもイージーレベルだった。
 ここで気を抜かないのがゆみちんで、ガッチガチに逆探知対策済で、万が一侵入が発覚しても自分の所まで手が届かないようにプログラムされている。

 〈チカ〉に接触したIDのタイムライン纏めは以下の通り(対象外は非表示化)

  • チャーム作成支援:marin仲介 →False angel(通常 VIP)/対応完了
    False angelは支援対応中に選抜VIPに昇格

  • 気持ち相談:キャンティ(通常 VIP) → fog(選抜VIP)/以降ベータアプリ対応/対応完了済

    ベータアプリでは〈チカ〉と彼の個人情報から、AI両想い指数計算後、fogがアプリ外に誘導/対応完了済(チカはこの時に自殺している)
    ※キャンティとfogは退会済み。チャットログと登録データは残っている

  • 気持ち相談はチャーム作成支援とほぼ同時に、推し活に設定されている。内容も取得済で、〈彼に振り向いてもらいたいです〉が設定値

「ああー、そういうことね」
 別の画面を見ながら、脱力感と怒りがミックスしたよく分からない感情が満ちてくる。
 キャンティとfogは同一人物だった。ログ解析の結果は〈marin〉のIDを示していた。複数のIDを発行して心に何かわだかまりを持っていそうなユーザーに近寄っている。
 ここ一年半のログから、marinとして対応完了してるものは除外してみると、四つのIDを使いチカを含めて三人と接触している。ベータアプリに誘導しているのは一件で、全てアプリ外でやり取りして決定的な証拠となる結果は出せなかった。

 接触IDは、ありあ(チカのID)、My_angel(男性)、stella(男性)の三名
 チカに接触したのは〈キャンティとfog〉。残る二人のMy_angelには〈めろん〉と名のり、stellaには〈アメ〉と名乗っていた。個別の捨てアド(フリーメールアドレス)を使っていたが、marinの登録メールアドレスまで特定するのは容易かった。

 言葉巧みにアプリ外に接触しようと誘いをかけて、全て相手から接触を持つように仕向けていた。My_angelは支援内容がベータアプリに移管されていた。IDは一度退会し、今は別人が使っている。stellaは更新が止まっているので、もしかしたらチカと同じかもしれない。

「ひどい……」チカはVIPと直接話せることに活路を見い出し、希望に膨らんだ言葉を並べていた。恋する少女の気持ちの発露はほほえましく、暖かいものだった。それを踏みにじったmarinが許せなかった。
「殺人鬼め……司法で裁くのは難しそうだな。うーん」
 伸びをしながら今後の方針について思考を巡らせていた。例え財務情報から何某かの不正を暴露しても意味がない。チカを自死に追い詰めた決定的な証拠は握れない。向こうの方が一枚枚も二枚も上手だった。

「システム相手ならいくらでも対抗できるんだけどな」
 無力感が圧となってゆみちんを包み込む、息苦しくなって大きく呼吸した時、耳元で囁くような声を受信した。

「これ以上は危険だよ。今なら痕跡も残らないから手を引いた方がいいよ。Schrodinger」

 ゆみちんは自分しかいないブース内を見回した。
 相手はテレパシーで囁いていた。この場合、相手がどの距離から飛ばしているのか見当もつかない。もしかしたら隣のブースかもしれない。受信拒否と同等の自閉モードに入った。オープンや指向性も含めたテレパシーの受信を絶つ精神防壁みたいなものだ。

「精神防壁は無駄だよ。手を引いてくれるなら、おれは君を敵とみなさない」
「あんた誰!」
 相手の負荷になるように感情を強くテレパシーに乗せた。
「そんなに怒らなくてもいいって、痛いって、凄いね感情乗せまくりで疲れるでしょ? 因みに運営じゃないよ」
「信じろって言う方がムリゲ―なんですけど!」
 ゆみちんは額から汗が滴るのもお構いなしに感情を載せて送信している。
「倒れちゃうよ?」
「うるさい!」
「アプリ外にしか真実は無いから絶望しているでしょ? これ以上ここにいても意味ないよ。女子高生に戻りなよ〈ゆみなちゃん〉、それとも……〈bOx(ボックス)〉って呼ぼうか?」
 ――ひっ! ゆみちんは本名を聞かされ戦慄していた。〈bOx〉はシステム界隈で跳梁する時の名前だった。何か手はないかと脳細胞をフル回転させる。しかし、動揺が先に立ち思考が纏まらない。
「ゆみなちゃんが手を引いてくれるなら、その代償にここ二年の税務データから一切合切のログを進呈するよ」
「あんた! 名乗りなさいよ。それよりツラ貸せ!」
 ゆみちんは肩で息をしていた。高負荷のテレパシーは未成年の体力を削りに削っていた。鼻血が出てきたが構っていられない。

「君がこちら側に付くのならいいよ。夜姫胡よきこちゃんには内緒にしてね。絡む予定は無いから」
 ――勘弁してよ。

「リアバレしている時点で勝ち目は無いな。いいよ、条件飲むと言いたいけど、こちらも条件がある」
「なに?」
「あんたの目的と誰って話」
 しばらく時間が空いた。
「目的は推し活しようよアプリのサ終(サービス終了の意味)、かな」
「ふーん、で?」

 コツ、コツ

 ゆみちんは飛び上がった。悲鳴を上げないだけ上出来だった。体がガクガク震えているのに、手は扉を開けようとしていた。恐怖のあまり回避行動にエラーが起きていた。

 開けた扉の先には、「どーも」そう言って笑っている〈るーと〉が立っていた。

-つづく-


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