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『推し活 -False angel-』 11話-神無月-後編【創作大賞2024-応募作品】

 -注意書き-
 この話はフィクションです。
 登場する人物名、地名、事件等は全て架空の物です。

 以下から、本文が始まります。


 夜姫胡よきこは新宿駅で途中下車すると、駅から近いカフェに入り手探りで忘れていたボイスレコーダーのスイッチを切った。
 よく冷えたフルーツティーを飲みながら、スマホでネットニュースを眺めていた。

「〈よきちん夜姫胡〉こっちも配置についたぞい」ゆみちんからだ。
 夜姫胡の目線がスッと細くなった。
「〈ゆみちん〉お疲れー、全く何なのあの会?」夜姫胡はため息をついて、指先で画面を流していく。
「そだね、収穫はあったんだし、情報交換行きまっしょい」

 夜姫胡は会話していない。視界にゆみちんもいない。
 テレパシーというものをご存じだろうか、声を介さずコミュニケーションを行うことの出来る超能力とも言われているものだ。実際はずっと使える者は多い。夜姫胡は送受信両方出来て、その距離も長い。ゆみちんも同程度の能力を有していた。

「〈marin〉がオープンで(テレパシーで対象を決めずに呼びかけを行う行為)思考飛ばしていたね。無視するのは慣れているけど、ずっと『誰か、聞こえていたら返してください』って、無人島で遭難してんのかって」夜姫胡は頭の中で悪態をついて、リアルでは片肘をついた。

「誰か返信したのか途中で諦めたのか、懇談時間中に止んでたね。ノイズが混じっていたから、接触系かもしれない」
「そうだね。ゆみちん何か分かった?」
「あー、システムには触れそうだからそれからだね。体感的に〈こっち側系〉はmarinとルビーと、あとは分からなかったな。woolは、なんだろうノーマル(テレパシーを使えない人間)っぽけど気持ち悪い」
 ゆみちんは新宿歌舞伎町方面のネットカフェに陣取っていて、早速自分のノートパソコンで何かのコンソールを表示していた。

 二人は直線距離で約七百メートル程離れている。ゆみちんは雑居ビル内、夜姫胡は路面店のカフェだったが、この距離間をノイズ無しで話せる相手はお互いに出会ったことがなく、そんな二人が出会ってから仲良くなるのに時間はかからなかった。

「それは思ってる。取り巻きVIPは犯罪予備軍が半分だし、チカを嵌めたクソは分からないし、ちょっと肩透かし」
 ここで、夜姫胡の口調が変わった。
「忘れ物したとwoolに呼び戻されて、ゆう兄の推し活状況の話になったから適当に答えておいた。ゆう兄と兄妹だって知ったんだろうね。あたし〈推していたからね〉そこは迂闊だったと反省しています」

「気にしなさんな、よきちん戦争はこれからよん」
「そうだね、あたしはwoolに近づくよ」
「おっけ、チカのために何らかの証拠をせしめてみせようとも!」
 夜姫胡はカフェを出て帰路についた。

 ***

 マンションの中層階に位置する自室は目前の公園のおかげで見通しが良く、意外と静かだった。ここに住んで七年近くになる。marinこと〈川口真鈴〉は入浴後の火照った体をクールダウンしていた。
 グラスに冷たいハーブティーの水滴が光っていた。

「有望な人員は二人位かしら、人を使うって楽しいけど疲れるし、〈仲間になれそうなのは〉いないわね。期待したFalse angelも受信出来ないようだし……やっぱり絶対数って少ないのかしら」
 独り言が増えたのは最近気が付いた。グラスをテーブルに置き、ソファーに身を任せた。テーブルにはダーツの矢が数本、銀のトレイに置かれていた。化粧っ気のない素顔は少し幼く見えて、その実視線は射るようだった。

「力天使達は厄介ごとを背負いそうだから、早めにリストラするとして、ちょっとストレス溜まって来たかな」
 ここでmarinの口角が上がっていく。
「大丈夫、私はもっと高みにのぼれる」ゆっくりとダーツの矢を一本取り、緩慢な動作で投げた。

 矢は中心を少し外れて的に刺さっていた。
「他力本願のノーマル(普通の人間)が溢れててイライラする。〈殺せそうな誰か〉いないかな」
 スマホを手に取り、楽しそうにあるユーザーを検索してVIP支援が受けられる状態かを確認し、支援申請を出した。
「ふふ、自分を推したいだなんて、ダッサ。お友達と同じところに行かせて、あ、げ、る」そう言いながら支援申請を出した。

 画面には「〈76stardust〉へ支援申請中」と表示されている。侑喜ゆうきのユーザーIDだった。

 ***

「VIPより支援申請が届いています。メッセージを確認しましょう」
 そのメッセージを確認し、就寝中だったが飛び起きた。
「来た来た! やり手VIPのmarinさんからだ」ぼくは速攻で申請を受理し、お礼のメッセージを添えた。

 ぼくが記入した支援項目は、自信が持てるようになりたい。コミュニケーションを円滑に取れるようになりたい。外出が楽しくなるようになりたいだった。自分で記入していて苦笑いが出た。けっこう的を得ている。

 翌日からmarinさんの支援が始まった。直で支援されるとは思わず多少面食らったが、誠実な対応はぼくの心を解すのに時間はかからなかった。

 初めてアプリ外で音声通話を終了した後、数分して言い知れない嫌悪感に見舞われていた。
「今度は貴方の顔を見ながらお話の続きがしたいわ」
 そう言われてぼくは、リアルで会う約束をしていたのだった。

 ここまで詰められるのにたった七日間しか経過していなかった。チャット履歴を確認すると、言葉巧みに〈ぼくの方から〉アプリ外で話したいと言わされていた。
「なんでこの時点でおかしいと思わなかった?」その時の事を考えると頭に霞がかかるような曖昧な記憶しか思い起こせない。
 完全におかしいと気づけたのは、実際に音声通話でやり取りして、言葉にノイズが乗っているように感じたからだった。会話の最中は心地よくて話の内容も全て覚えているが、marinの言葉が脳を撫でるというか絡みつくというか、キーワードが強く刻印されるイメージだった。

 刻印されたのは〈marinと二人で会う。誰にも言わないこと〉だった。嫌悪感が無かったら、誰にも言わずに約束通りmarinと二人で会うことになっただろう。
「これって、大当たりなんじゃ……」気が付いたら瑞樹たまきにメッセージを送っていた。

 夜、家のソファーに瑞樹が座っていた。夜姫胡はバイトに行って留守だった。ぼくは瑞樹にハジメの件で自死が信じられないから調べていることと、marinと話した時の違和感と会う約束をしたことを話した。関口さんの事は言わなかった。言う必要が無いと思ったからだ。

「そうか」瑞樹はなにか思案しているようだった。しばらくして「会う時におれも付いて行っていいか? 見えない位置に陣取って万が一の時に備えるよ」
「備えるって、実際どうすんの?」
「企業秘密かな」
「何それ、たま兄って夜姫胡みたいに護身術が出来るわけじゃないし、荒事は苦手でしょ?」
「何も戦術は荒事ばかりじゃないよ。侑喜は気にすることない。おれがしっかり守ってやるから、ガッチリ何か掴んで来い」

 どう考えても作戦とも言えない内容なのに、何故かたま兄に言われると「そうだよな。うん大丈夫」って思えてしまう。絶対的な信頼があって揺らぐことは無い。心が落ち着いて思考がクリアになって行った。
「たま兄、ありがとう」素直に頭を下げた。

「気にするな、得意分野だ」たま兄は自信に満ちた笑顔だった。

 ***

 深夜、「侑喜には浸食系のテレパシーを受けたらおれにメッセージ送信するよう暗示を掛けてあるから、心配はいらない。まったくあいつは自分で引き寄せてしまうから困るな。それは……問題ないおれの専門だから、その作戦は続行で、それと、お前も無理はするな」
 瑞樹は自宅にいた。ソファー代わりの大きなクッションに寝転がり、飲んでいたビールの缶を置いた。テレパシーで会話していたから、口に何か入っていても会話に不都合は生じない。

「全く、お宅の弟妹はどうなってんの? こっちはカバー出来ないから、ホント頼むよ。何かあったらと思うと、おれ背筋が凍りそうだ」
 通話相手は男性のようだった。
「心配するな、あの程度の相手なら遅れは取らない。ただ物理で攻められたら、そこは如何ともしがたいから対策は講じている。安心しろ」
「分かったよ。今度は三日後な〈ルシ〉」
「ああ、お疲れ〈ケムエル〉」

 テレパシー通信相手との距離は五キロを超えていた。音声はクリアで体の負担もない。それは相手も同じだった。

「神の道具ふぜいがイキっててうざいな……そっちがangelならこっちは堕天使、天界大戦争ってか」
 瑞樹は言葉に出して、フッと笑った。

-つづく-


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