【創作大賞2024-応募作品】『アブソリュート サンクチュアリー』〈Sleeping Beauty -眠り姫- 編〉Ep8 神祓い_前編
拝殿を目指して歩いていく。眷属や使いの気配は全く感じない。
ここまで何も感じない神社なんて考えられなかった。今のところ〈誰もいない〉こと以外は異常なし。回りの木なんか見ながら、拝殿でお賽銭を投げようと目を向けた瞬間、身体がビクッとする。
見られている。
平静を装いつつ賽銭を放り投げ、祈りの手順をこなし、おみくじコーナーへ向かう。
――まだ見ているな、どこからだろう。
瘴気が微かに漂い出している奥の本殿かそれとも別の場所か、察知しきれていない分こちらが不利である。
九郎が透視出来ないと言っていた奥の本殿は、確かに霞がかかったように揺れていて、中は窺い知ることが出来ない。
他の参拝者には普通に見えている筈だ。
おみくじを引いてみたら末吉だった。
「仕事:困難あれど片付く 待ち人:近くにあり、等々」
手近な所におみくじを結びながら時が近いと感じる――来るか。
「あのぉー」
「へ⁉」
あらぬ方向から可愛らしい声の奇襲攻撃に遭い、危うく神気を解放するところだった。
間抜けな返事を返しながら振り返ったおれの前に、ダッフルコートと長い黒髪に薄茶の瞳をした女の子が立っていた。目線的にこっちの方が〈ほんの気持ち〉見上げる形になっていた。
なんの予備知識もなく、おれとまともに目を合わせた女の子は、呆けてしまっている。
おれの容姿は、事前準備が無いと〈目に悪い〉。
言い方が悪いが、つまり、美しさに絡めとられてしまうらしい。
おれ的には、自分の体の仕様なので致し方なく、相手の精神が病んでしまわない程度に正気に戻すか、ほっとくか……うん、面倒くさいのである。
上位の者はほぼ、惑うことはないが、他の者には気を遣うようにしている。目線を合わせるとき、気を込めないようにする癖をつけた。
それでも、勝手に懸想され、属性問わず求婚や刃傷沙汰は過去数え切れない。
一応〈ドロン〉中なので、心に影響が出ることはないだろう。
人が事前準備無しで神状態のおれと目が合ってしまったら、心臓が止まると思うから。
視線を外して深呼吸し、根気強く女の子が正気を取り戻すのを待った。
女の子は、呼吸を思い出したように、深呼吸した。
「おみくじはそこじゃなくって、隣の専用の所に結んで下さいね」
少し動揺した薄茶の瞳が、ニッコリ微笑んでいる。
「あ、ああ……ごめん、結び直してくるよ。それとトイレは何処か知ってますか?」
――って何言ってんだ、おれ。
「あっちにありますよ」
女の子が指差したのは、婦人用。
「えっと、そっちじゃなくて……」
――ん?
女の子は顔をじっと見つめて、あっと耳まで真っ赤になった。
両手をバタバタさせながら慌てている。
ハッキリ言って可愛い。
「ごごごめんなさい、大変失礼な事しちゃいましたね、逆側の裏手にありますよ」
「別にいいよ、よく間違えられるから、あははは」
答えながら、女の子の周りから薄っすらと光が漏れている事に気が付いた。この神社の神〈焔護りの主〉の加護を受けている証である。
――主に気に入られるとはどんな子なんだろう。
もっと話したかったが、今は目的優先なのでお礼を言ってからおみくじを結びなおし、西側に向かって歩き出す。
トイレを通り過ぎ、拝殿の北門を抜け本殿の裏手に回っていく。
――さて、本命の登場かな。
振り返ると、おぼろに揺れる人影らしき者が近づいてくる。見えていない素振りを貫きながら本殿の真裏まで来た。
影は何か言いながら彷徨っているらしかった。
「この声を、お聞き届け下さいます、方が、いらっしゃいましたなら、破壊の剣持ちの、あの方に、お伝えくださいませ。我が主、は、穢れに落ち、魔となり、果てました。祓って、下さいませ。祓って下さい、ませ。切に、お願い申します」
限界を迎えた影は力なく揺らめき、消えていった。
――そうか、一度戻ってルーエに相談してみるか。
考えながら本殿を一回りする参拝者と同じように進んでいると、突然耳元で誰か囁いた。
「上手く化けたものだな」
防御態勢を取ると同時に、頂上を含めた山全体をAS(神域=アブソリュート サンクチュアリー)で区間分離する。
人は通常空間にいるから影響は全くない。但しほんの少し揺れる感じが残るだろう。
ビキッと大音響が広がり、仮想空間に展開された山一帯は、今や様相を一変していた。
本殿に焔護りの主がいた――正しくは眷属を食い散らかしている主が居た、だ。
口元から食べかけを引きちぎりながら、白い装束も血で染まり振り乱した髪が顔に纏わりついている。
使いは食い尽くされたのか見当たらない、眷属も見当たらなかった。
焔護りの主は空虚な眼をこちらに向け、食べかけを放り投げると立ち上がった。
「これは、最上の美味が目の前に現れたではないかえ」
元の姿は勇猛な武将だったのだろう。神気が穢れたことにより衣は色を失い、容貌も卑しく歪んでいた。口元がだらしなく緩み、原形を留めていない使いを踏みつけ、おれの方に歩き出す。
焔護りの主から発せられる瘴気から、次々と獣のような者が生まれ取り囲もうと向かってくるが、高圧の神気に触れるだけで爆散していった。
焔護りの主の神堕ちが確定した瞬間だった。
傍らでは、クリスタルから解放されたシェリルが手首から足の先まで届くようなギラリとした三本の鍵爪を両手に装着し、華麗な舞で獣を次々と霧へ変えていく。
金目を爛々と輝かせ鍵爪の一振りで半径十メートルが霧で埋まった。
九郎も漆黒の羽を羽ばたかせ槍を手にしていた。槍が撫でるように触れるだけで獣は爆散していく、槍に込められる九郎の神気の質が高い事を物語っていた。
おれは右手に抜き身の神剣を出現させ、無駄だと分かっていたが問いかけてみた。
「焔護りの主様、なぜこうなったのかお分かりですか?」
「お前を喰らう為に待っていたのよ、うふふ」
焔護りの主は、空虚な笑みで答えた。
-つづく-
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