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【創作大賞2024-応募作品】『アブソリュート サンクチュアリー』〈Sleeping Beauty -眠り姫- 編〉Ep6 潜入_前編
梅の花が終わる頃、ルーエから連絡が入った。
弦月宮――西側。
正門から八百メートル、西へ二百メートルの所にログハウスがある。
リビングとダイニングとロフトがありそんなに大きくない作りだが、リビングに大型のウインドウが三つ浮かんで占領している。
真ん中のウインドウに、ルーエの愛らしい顔が映し出され、左のウインドウに今回の件で収集された情報が表示されている。右はゲームの途中だった。
「それってマジな話?」
顕現してから千五百年、尊敬と敬愛を集める一級神に対し、おれはリクライニングチェアーで足を組み、半ば話半分のような顔で聞いていた。
ルーエの眷属がその場にいたなら、総出で祟りを喰らわせそうな態度だ。
連絡とは、懇意にしている神社の主と連絡が急に取れなくなった事、その神社一帯の気が変質している事だった。
「連絡が取れぬようになってな、結界が無くなったところまでは確認している」
ルーエは十七歳位の少女の姿、大きな碧玉の瞳に森林を思わせる深い緑の美しく長い髪と、同色の神気、朱色の紐で顔の脇へかかる髪束を括りそれがアクセントとなっていた。
ワンピースが好きで、今日はアイボリーにハイウエストで切り替えたスカートの裾が揺れていた。
神らしくない衣装だが人に見せる物でなし、意外と自由に楽しんでいる。
世界に数多の分社を持ち、齢千五百年になる一級の高位神、ピチョンという宮のAS(神域=アブソリュート サンクチュアリー)を人世界のヨーロッパ上空に持っている。
ウインドウの向う側にいるルーエは愛らしい顔に似合わない、深く憂慮する表情を浮かべていた。
「眷属の者を見にやったが――帰還せなんだ。斥候を飛ばしたが、山頂付近はおろか、入山口までも近づけなかったそうじゃ、山全体の結界は消失を確認しておる」
「えっ…………」
おれは絶句してしまった。
ルーエの眷属と言えば、相当な手練れ揃いなのだ。詳しい状況が掴めぬまま、こちらに話を持ってこざる得なかったのだろう。
――あそこの辺りって、おれが出張るような者はいなかった筈だ。
顎を指で摩りながら暫く考えていたが、左側のウインドウに視線を向け九郎を呼び出す。
「九郎、ちょっと頼まれてくれ」
ウインドウに映し出された九郎は、翡翠門近くにある東屋の掃除をしていた。
「翔琉、なんだ?」
「〈竹のお山〉まで行ってくれ、気配は完全に消して、限界ギリの距離から山全体の状況を見て欲しい。少しでも身の危険を感じたら宮まで緊急退避だ」
「そうか、ちょっと行ってくるよ」
九朗は片手を上げ通信を切った。ウインドウを切り替え――「こちらで預かるよ、結果によっては〈対応する事〉になると思う」
「うむ、影響範囲への伝令は我が行おう……すまぬな」
いつもと変わらぬ調子で語る声に、ほんの少し揺らぎを感じた。
「ああ、まかせとけ」
務めて明るく返し通信を終了した。
昨日まで隣で語らっていた者でも〈狂う事〉がある。
「祓いが必要なモノ、三界の理より逸脱しモノは滅する――」
この世界でおれが負わされた役割、神剣がもつ意味でもある。
***
細い月が中天にかかる頃、蒼く広がる西側の芝生の上で、無事帰還した九郎からちょっと信じられない話の続きを聞いていた。
シェリルも真剣な眼差しで聞き入っている。
「九郎ちゃん、ホントに結界も無いのに本殿が透視不可だったの?」
「ああ、山自体に結界はないが、本殿も瘴気は感じるんだが、近づいたら察知されそうで、確かに中は見えなかった。相当ヤバいぞあれは」
「宮主本体が穢れに遭って、内向きに結界でも展開しているのかしら、なら、尚更仕える眷属や使い達はどこに行ったのかしらね」
「それがなぁ、山の中は本殿以外に気配というか何も感じないんだ」
「何も感じないって……嘘でしょう? そんな状態で、よく人は呑気に参拝なんか出来るわね」
青いビスチェと同色のホットパンツの上から光沢のある上等な薄絹を羽織っただけという格好で、シェリルは胡坐を掻き片手には神酒の盃を持っている。
皆で飲み会議というわけだ。
「今のところ、元の主の神気が強かったからか、人にまで影響は出ていないようだが、後々心霊スポットになっちまうのも時間の問題かなぁ」
九朗は盃を飲み干し手酌で注いでいる。
鮮やかな朱色に紅の帯、蝶が裾を舞い踊っている着流しを着て、おれは右手を支えに寝そべっていた。
盃を飲み干しシェリルに注いで貰って、半分独り言のように言った。
「対応時はASで山ごと分離して、人が出入りできるならあれやるか――出来ない話じゃない」
山ごととなると、高さ三百二十メートル、縦横一キロのASで囲えば事足りるだろう。
おれの口元が嫌な笑い方をする。
目ざとく見つけたシェリルが――「翔琉ちゃん、まさかの作戦やるつもり?」
「シェリル、そのまさかの作戦ってなんだ?」
九郎が興味深々な顔で訊いている。
「そうね、九郎ちゃんも好きな部類の作戦よ。これを敢行するのは千二百年振りかしら。前回は――まぁいいわ、翔琉ちゃんから話して」
シェリルは、おれに向かってウインクした。
まずは決意表明だけやっておこう。
「神社の来歴と周囲の詳細を確認してからってことで――よし! 明後日〈ドロン〉と神社参拝と洒落こんでくるか」
「その――ドロンって何?」
九郎がキョトンとしていた。
-つづく-
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