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『推し活 -False angel-』 14話-霜月-後編【創作大賞2024-応募作品】

 -注意書き-
 この話はフィクションです。
 登場する人物名、地名、事件等は全て架空の物です。

 以下から、本文が始まります。


 足が地に着かない。 

 少し頬も熱い、気温は一桁で風もそこそこ吹いているのに、ぼくはどうしてしまったのだろう。marinと初めてリアルで会ってオーラに蹴落とされたというか、何だろうよく分からない。
 華やかな人で、marinが指定した少しおしゃれなカフェで待ち合わせたが、ぼくの緊張を解くような笑顔で握手したあたりから、夢うつつみたいな状態だった。

 たまにいは隣で呆れているようだった。marinと別れて一駅離れたコーヒーショップの前で瑞樹の顔を見るまで、夢の世界の住人みたいな甘ったるい思考に占拠されていたからだ。
「次に会うのが楽しみね。貴方は素敵よ。angel私たちは侑喜の昇天を歓迎する。入口は境界にある。出現まで今少し待て」そう囁き、頭の中で木霊していた。瑞樹とこのタイミングで会わなかったら、脳内に刻印されていただろうと思うと、背筋が寒くなる。

〈昇天〉と〈入口の境界〉、ぼくを自死に向かわせるキーワードと受け取った。

 瑞樹もその考えに同意していた。ぼくの鞄の中に通信機を入れていて瑞樹が会話をモニターし、録音もしていた。画像撮影は流石に弊害があるのでやっていない。marinから死角になる場所に陣取り優雅にコーヒーブレイクと洒落込んでいたらしい。とんだ探偵がいたもんだ。

「目が覚めたか?」
 所在なくもじもじするぼくを、瑞樹はニヤけた顔で見ていた。
「そんなにアホ面だったのか?」
「なにも言うまい――拗ねるなよ。成果はあったんだし」
「実感がないから何とも……」
「入口の境界を探したいと思うか?」

 ドキッとして両手を握ったり開いたり、落ち着かない。
「微妙かな、何かのタイミングで探しそう。イメージは高い所かな」
「ビンゴだな。家に帰ろう、今日はもう休んだ方がいい」

 ぼくは家路につき、リビングに座って初めて疲れていたことに気が付いた。緊張が体力を奪い、疲れていたことが認識出来ないくらい麻痺していたのだろう。
 ――そう言えば、たま兄の職業って聞いてたっけ? いつ働いているんだろう。
 眠気が勝り答えを探すのは放棄した。

 ***

 瑞樹は都心の高層ビル展望フロアにいた。逢魔が時の天地を分かつ境界は、闇に呑まれまいと燃えていた。あと数分で抵抗空しく夜の浸食が始まる。

「いまどこ? 会えそうだからたまには顔見せろよ」
「Nビルの展望フロア」
「なんでまたそんなところに」
 フッと笑って「この高度なら拾いやすいからな。色々と」
「そうだけど――そこなら二十分で行けるけどいいか?」
「おお、のんびり情報収集しながら待ってるよ」

 瑞樹は景色を見ているようにしか見えない。脳内ではいくつもの通信(送信テレパシー)をモニターしていた。飽きたのか移動しながら「フェニ、暇か?」
 少しして「何? ルシ暇人だね」艶を含んだ女性の声だった。
 苦笑いしながら「進捗報告貰ってないぞ」
「ごめんごめん。今からいい?」
「どうぞ」

 瑞樹は空いていた椅子に座り、夕闇迫る景色を見ていた。
「川口真鈴の犯罪歴は無し、ただし付き合った男が二人ばかり行方不明になっている。今はアプリの広告売上で潤っているけど、勤めていた会社を退社するまでは愛人稼業で稼いでいたみたい。幼少期から交際相手には事欠かないようで、同性からは嫌われていたようね。それと、確実にヤってる殺してる証拠が取れたからストレージに送っとく」
「後の運営は?」
「吉田キリンことwoolは真鈴の能力に目を付けて近づいたってのが分析結果かな。あいつの趣味って最悪で人が死ぬとこ見るのが至高みたいなガチ変態。ホント吐き気がする。動画は全て押さえてあるし、関係各位の情報も補填完了」
 フェニは、woolこと吉田の非ネット接続ストレージ情報を取得するため、スマホと使用しているPCにバックドアを仕掛けていた。
「あと二人の運営はただの小悪党で、女を薬で襲ったり詐欺に手を出し始めていて、吉田は法人化のタイミングで犯罪行為を指摘して内々に放逐計画が進行中ね」
「内容盛り沢山だな」ため息が出た。
「ルシの要請だもの、これくらいどうって事ないさ。今の作戦が完了したら、店に顔出してよ」
「分かったよ」

 瑞樹は夜景を見ている。
「ルシから指令、作戦は決行される。詳細を確認してX-DAYを待て」
 様々な声が飛び交った。人数にして五人以上男女様々で、フェニの声とケムエルの声もあった。

 ***

 コール音で目が覚めた。
 寝ぼけた状態でスマホをタップした。「はい?」
「あら? 寝ていたの、ごめんなさい」
 marinの声は寝起きでも心地よく耳から脳へ侵入する。
「いえ、大丈夫ですよ。どうかしましたか?」
「〈入口の境界〉は見えたかしら?」

 頭に霞がかかってmarinの声が甘く聞こえた。
「いえ、まだ見えません」
「貴方なら見えるはずよ。天に近い精神は天使を呼び寄せることが出来る。さらなる高みで私は待っているわ、一歩踏み出すだけ」
「ぼくも、その場所に立ちたいです」
「十二月十四日、神保町駅から歩いて十分の所に、ハイツコウショウという複合ビルがあるの、その八階、八〇四号室で待っているわ。十四時に南側の窓辺で天使について語り明かしましょう」
「はい、喜んで伺います」
「では、その時まで健やかに」

 marinとの通話は終わった。至福感で包まれる。ぼくはその日天使たちに会い、高みへ到達する。

 スマホをベッドに置き、ベランダに出た。光を失った気温が肌を刺す。ぼくは全く気にならなかった。このベランダがもっともっと高い位置にあったなら、今すぐにでも高みへ向かって飛び出したいと思った。

 至福へ向かう道。手を広げ待っている天使達。
 夢うつつで立っていた。

侑喜ゆうき?」
 夢から覚めたような気分で振り返ると瑞樹が立っていた。
「風邪ひくぞ」
「あ、ああ、そう言えば寒いな」
 ぼくはいつから立っていたのか、体は冷え切っていた。

 リビングに座り暖かいコーヒーを飲みながら、marinからの着信について全て語った。瑞樹は静かに聞いていた。
「そうか、十二月十四日だな。分かったおれも行くから安心していい」
「うん」
 瑞樹の顔を認識した時、ぼくを覆っていた膜みたいな物が霧散するイメージがあって、意識が覚醒した。正気に戻ったぼくは赤面しながら話していたわけで、なんとも居心地が悪かった。

「飯でも食いに出るか?」
「いや、いいよ。夜姫胡よきこももう帰ってくるし、今日は家にいる」
「わかった、いつもと違うことが起こったら連絡してこい」
「了解、たま兄」
 瑞樹は帰って行った。

 ***

 「よっ!」片手を上げて〈るーと〉が近寄って来た。冴えない風貌は欠片も無く、爽快なイケメンが立っていた。
「相変わらず落差が激しいな」少し嫌そうに瑞樹が応じた。
「お前が言うなよ」
 二人は回廊を移動しながら世間話をしていたが、同時にテレパシーで密度の高い情報交換を行っていた。

 幹泰みきやすの推し活について、情報が上がって来たのだった。
 侑喜は名前を伏せて幹泰の不幸を願っていた。アプリの規約ギリギリの文言を使い死んでほしいと願っていると、傍から見て分かる内容だった。そこに〈めろん〉と名乗るmarinが接触し、アプリ外に誘うが、推し活設定はベータアプリに移管されている。当時、両親の離婚に向けた話し合いの空気が家を席捲していて、推し活どころではなく、代行活動に移行し推し活内容を移管した経緯がある。
 やり取りのチャットにも、めろんの誘いに最初こそ乗っていたが、家の事情で推し活している暇がないと訴え、めろんからfog(これもmarin)を紹介されベータアプリをインストールし、幹泰の個人情報を渡している。
 移管後、fogの指示により侑喜はベータアプリを削除していた。

 侑喜本人は、自分が起点で幹泰が自殺したと認識していなかったが、偶然結果を目撃することになった。

 fogは取得した個人情報から幹泰に近づき、心の隙間を見極め、埋めていった。
 幹泰は自分に異母や異父を含めた血縁のきょうだいが五人もいて、複雑な心境で毎日を過ごしていた。自宅にたまにいる母は産みの母であったが、折に触れ冷たく当たる異母きょうだいに辟易していた。
 自分の立ち位置に疲れ、自分勝手な両親に絶望していた。そんな幹泰を天使たちの元へ送るのは容易たやすい事だったのだろう。移管されてからわずかひと月足らずで幹泰は永遠に世界から消えた。

「侑喜は現実を直視することを拒否しているんだろうな、幹泰のその後について認識したらと思うと、影響範囲を考えても頭が痛い」
 瑞樹は眉間に指を当て上下に軽くこすった。
「言えてる。送信特化型と言ってもオープンで送信できず、指向性がエグイからな。夜姫胡ちゃんが壊れなかったのが不思議過ぎだよ」
 瑞樹はチラッとるーとを見ながら「夜姫胡も〈特別〉だから耐えられるんだと思うよ。夜姫胡以外ならとっくに狂い死にしているだろう」
「えっぐ! おれは御免こうむりたい」
「ケムエルだって問題ないだろう?」

「まーな」るーとこと〈ケムエル〉は、ほくそ笑んでいた。
「偽物達に相応の報いを」
「喜んで参戦しよう〈ルシの名のもとに〉」
 ケムエルは瑞樹と別れエレベーターホールへ向かった。

 ――年内に全て終わらせて、新年は健やかに過ごしたいものだ。
 瑞樹は回廊をもう一回りしてエレベーターホールに向かった。

-つづく-


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