見出し画像

『推し活 -False angel-』 15話-師走-前編【創作大賞2024-応募作品】

 -注意書き-
 この話はフィクションです。
 登場する人物名、地名、事件等は全て架空の物です。

 以下から、本文が始まります。


 朝から寒風が肌を刺す薄曇りの朝だった。

 ベランダにタオルを干しながら、帰宅したらまだ湿っているかもなんて考えていた。ウエザー情報では日中晴れ間もあると表示されていたから、期待しておこうと、ベッドパッドへ手を伸ばした。

 今日は十二月十四日、約束の日だった。

 夜姫胡よきこは昨日からゆみちんの家に泊りに行っていて、家にはぼく一人だった。すっかりきょうだい二人暮らしに慣れてしまったら、ファミリーサイズの家はやけに広く感じた。
 両親の離婚は年度末までに決定するそうで、家の売却先も決まり、夏前には引き渡す予定だそうだ。ぼくと夜姫胡は別々に暮らすこととなり、ぼくは現在の家から二駅離れたアパートへ夜姫胡は実家の近所のマンションへ夏前に入居予定だ。家賃などは社会人になるまで親の負担で、財産分与は子供たちが全員社会人になったタイミングと決まった。
 これには瑞樹たまきが抗議していた。「その頃には法的にきょうだいが都合七人にもなる、両親はそれぞれと再婚して残された子供たちへの意識は希薄になる。財産分与は迅速にしてくれ。夜姫胡と侑喜のためにもだ」
 これは両親それぞれの弁護士から難しい(出来ない)と回答された。

 瑞樹は怒り心頭だった。
「夜姫胡も侑喜も何も担保されない。大学や家賃の事だって本当に最後まで面倒を見るのか怪しいものだ。あっちは自分の家庭で幸せごっこだ!」
 吐き捨てるように両親をなじっている様子に、なんて頼もしい兄貴だろうと思った。
「いざとなったら、おれが二人とも面倒見るからな!」
 瑞樹がそれを両親の前で言わないのは、両親が見越して瑞樹にプレッシャーを掛けていて、自分たちの身銭が減るのを回避しようとしてたからだった。
 今さら両親に対して愛情とか情とかついえてしまったが、せめて、夜姫胡にはそんな思いをさせないで欲しかった。

 本命の大学は受験するが諦めている。諦めているなら受けなきゃいいが、変なラッキーを狙っていないわけじゃない。実際は滑り止めに受験する大学には受かりたいと勉強している状態だ。次回全て滑ったら親の支援金が停止され、就職先を探すことになる。

 鬱々とした気持ちも無いではないが、人生は長いのだ。立ち止まっていても時は流れている。

 家を出る時間が近づいてきた。瑞樹たまきが付いてくるそうだが、実際どういう状態で寄り添うのか教えてもらえなかった。
「問題ないから、安心してmarinと会ってこい」
 安心する要素が皆無にも関わらず、全く心配じゃないのは笑えてしまう。瑞樹への信頼度は、ぼくの中では天を突くレベルだった。

「行ってきます」
 玄関からリビングへ続くドアを見ながら、あと何回言うことがあるだろうと思った。気配の絶えた家はいつから色を感じない空間になってしまったのか、会話で溢れていた時が懐かしい。

 どうしてぼくを自死へ誘うのか問いただそう。そう誓って踵を返した。

 ***

よきちん夜姫胡、配置完了だよ。モニター状況は良好。たま兄もモニターしてるんだよね」
「うん、そう、心強いよ。ありがとう」
「いいよ、隣のビルだし。すぐに駆け付けられるから」
「うん。作戦開始するね」
 ゆみちんとの交信を終了して、瑞樹と通信を始めた。
「お兄、聞こえる?」
「モニター状況も通信状況も問題ない。見守っているから安心しろ」
「分かったよ」
 夜姫胡は深呼吸してノートPCの画面をweb会議室へ切り替えた。ここはwoolに紹介されたレンタルワークスペースだ。少し駅から外れているが人通りも多く、階下の道路も三車線あり歩道が広く幹線道路が走っていた。

 ホストが会議室に入室しました。そう表示されwoolの姿が映し出された。背景は加工された画像だから、woolがどこから参加しているのか不明だった。

「では、最終纏めとFalse angelからプレゼンをお願いしていいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
 これまでの纏めを表示しながら、仮アプリのプレゼンを始めた。woolは質問ポイントで鋭い指摘を行い。夜姫胡はつっかえながらも回答していった。緊張していたが、予定通り進行していた。

「以上のように、改善策を効してリリースに向けたタイムラインとしています。今日はありがとうございました」
 woolは画面の向こうで拍手していた。
「とても良かったですよ。来年高校生の起業企画コンテストがありますから、この企画を応募に出してはどうですか? 上手く運へば起業できますよ?」
「どうでしょうか、もう少し詰めてみて決めたいと思います。正直すごく楽しかったです」
 woolは笑顔だった。
「そう言えば、もう取り下げてしまっている案件ですが、お兄さんのその後はどうですか?」
「兄ですか? 猛勉強半分、諦め半分みたいです」
 夜姫胡は苦笑いを浮かべていた。
「そうですか、受験が終わるまでの辛抱ですね」
「本当にそうですね。自分の時は悩まないようにしっかり計画的に行きたいです」

 二人は笑い合っていた。そろそろ終わりかなと思っていたら、向かいのビルの窓に見知った影を認めた。

 ――ゆう兄?

「ゆう兄、聞こえる?」送信して血の気が引いた。侑喜ゆうきは受信できない。
 低層階はオフィス、上層階は住居のようでバルコニーに立っていた。手を縁に掛ける。伸びあがった体を見て、夜姫胡は両手で口を押えた。

「たま兄! ゆう兄を助けて!!」
 全力で送信した思念が可視化しそうな圧だった。

 ***

 夜姫胡の驚きに硬直した顔を見て、woolは高揚する気持ちを楽しんでいた。
 ――これは予想以上だ。絶望する女子高生か、たまらないな。
 声に出して夜姫胡を気遣うような声を掛けた。「False angel? どうしましたか?」
 画面は録画されていて、レンタルルームも今日の事を見越して押さえてあった。後は無残に砕ける肉親を見て絶望する様を大いに楽しみたい。別アングルで、侑喜が飛び降りた時のベストな位置で動画を撮っていた。
 woolの視線は狂気の色をかろうじて隠していた。

 コツ、コツ

 ――こんないい所で誰だ?
 間違いだろうと無視していたらドアが開き誰か入って来た。
「何を――」していると言い終わる前に、意識を喪失していた。web会議室はクローズされ、ノートPCを小脇に抱えて、視線が少し虚ろなwoolと地味な格好の女性が一緒にレンタルオフィスから出て行った。
 夜姫胡と同じレンタルオフィス内に陣取っていたwoolは、無残な死体動画と悲劇に押しつぶされる女子高生の一挙両得を狙い、リアルで死体鑑賞しようと同じ店舗のひとつ上のフロアから会議に接続していた。

 woolは地味なワゴン車に収容され、どこともなく走り去った。
「ルシ、羊の確保完了」
「了解、仕上げに入る」
 瑞樹の声はどこまでも冷たかった。

 ***

 夜姫胡が衝撃の瞬間を見る数分前――。

「天使たちの所に行く前に、原罪を清算しましょう。清い精神となり高みが近づきます」
 家具のないマンションの一室で、marinが歌うように語りかけている。手を侑喜の肩に軽く触れ、侑喜はその指先をとろんとした目で眺めていた。

 会話が始まるまでは抗うつもりでいたのに、手を握られた瞬間全てどうでもよくなった。

「原罪って、そんなものありません。熾天使様」
 ぼくは何を言っているのだろう。自分の声が他人のように聞こえた。

「侑喜は、幹泰みきやすを死に追いやりました。これは天を拒む罪です」
「そんな事していません」
「恐れるあまり忘却していたのですね。幹泰の死を願う活動は移管され、侑喜の提示した個人情報から幹泰と会話して、〈侑喜が死んでほしいって〉言っていたと伝えたところ自死を選択しました。侑喜が個人情報を提示しなければ幹泰は死ななくて済んだ。結果侑喜は罪を犯した」

「幹康の死を願う推し活なんて、うそだ」
 声に出してそう言いながら記憶が蘇る。ベータアプリをインストールし個人情報を提示した。その時fogは「これで達成されますね」そう返信があった。
 インストールした覚えのない本運営のアプリ履歴には、「Ⅿが吹こうになることを願ってやまない」そう推し活に設定していた。
 移管後も履歴にあったはずなのに、〈見えていなかった〉。

 膝が笑っている。
 本運営アプリをアンインストールする時、幹泰の不幸を願った記載を目にしていたのに、脳が認識を拒否していて〈見えていなかった〉。

「でも、大丈夫ですよ。この先に入口の境界があります。見えていますね? 天使達は待っています。罪を許しましょう」

「幹康が自殺したのは、ぼくのせいだったのか……」
 呟きと共に足がバルコニーの方向へ向かった。
 marinの口角が満足そうに上がっていく。
「天使達が見守っています。さあ、行きましょう高みへ」
 両手を広げ祭祀のようにいざなう。

 ぼくは立ち止まった。
「このまま行っても天に拒否されるでしょう。自首します」
 mairinの顔に動揺が走った。駆け寄り手を取って脳へ刻むように囁く。
「ハジメ君も天使達の所で侑喜が来るのを待っていますよ」

「え?」
「親友ですね? 彼は侑喜が来るのを待っています。妹さんと一緒にあらゆる苦しみから解放され、健やかに暮らしています」
 涙が溢れた。
「ハジメが待ってる」

「見えませんか? 天使に昇格したハジメが他の天使に交じって侑喜が来るのを待っていますよ。ほら、そこに」
 そう指し示すのはバルコニーの先だった。

「ハジメ、そこにいたのか」
 ぼくの目にハジメが見えていた。柔らかく笑い、頷いている。純白の羽と両手を広げて待っていた。

「今行くよ。あの時の話の続きをしよう」

 バルコニーに出て両手をかけると、重心を階下の路上に移して行った。

-つづく-


 ここまで読んで頂きありがとうございます。
〈スキ〉を頂けると創作の励みになります。よろしくお願いいたします。


よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!