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『推し活 -False angel-』 16話-師走-後編【創作大賞2024-応募作品】

 -注意書き-
 この話はフィクションです。
 登場する人物名、地名、事件等は全て架空の物です。

 以下から、本文が始まります。


 woolこと吉田キリンは、廃墟で目を覚ました。
 廃墟の窓から鬱蒼うっそうとした木々が見える。ひと目で郊外と分かり、背筋に冷たいものを感じていた。

 椅子に座らされ手足の自由が利かず動揺した目線の先に、おびただしい数のモニターが設置されていた。ざっと三十台。
「誰か! 助けてください!」声が空しく響くだけだった。
「助けて! 誰か!!」声を限りに叫び、やがて体力が尽きてしまった。喉が渇きトイレにも行きたかった。

 電子音が響き、モニターに動画が流れた。
 これまでストックした珠玉の作品達だった。自分の置かれた状況も忘れて動画に魅入っている。幹泰みきやすとハジメの動画もあった。
 そう、あれは橋から、あれはビルから、ああ、あれは襲われて撲殺されたんだっけ。恍惚と眺めていたら電源が落ちてしまった。

 頭に直接語りかける者がいる。
「素敵な作品群ね」絡みつくような声は女性の物だった。
「ここは何処だ! 自由にしてくれたら相応のお礼をしよう!」
 吉田は声に出して叫んだ。
「何をくれるの?」相手は声に出す気はないようだ。
「金ならいくらでも」
「素敵」

 ――金が目的か。
 吉田は払うつもりは毛頭ない。指の先、腕の一部でも触れることが出来れば、相手がテレパスなら精神を支配下に置くことが出来る。現にこれまで負け知らずで欲望を満たしてきた。
 marinもいい金づるで操り人形だった。

「命……くださる?」
「冗談」
 沈黙が吉田を動揺させた。
「金ならいくらでも出す。とりあえず膝を突き合わせて話し合おう」
「ふふ、うふふ」
 笑い声と同時に消灯したモニターの中心にカメラがあるのを認めた。赤いライトが見える。録画中を示していた。
 ――どう切り抜けようか。
 そう考えていると全部のモニターを使って、吉田が映し出された。
「これは配信されている」
「え?」
「世界中を楽しませていたんだから、自分も作品に参加しては如何かしら」
「どういう事だ! 誰か助けてくれ!」

 足元が揺れた。何だろうと思っていたら、首に違和感を感じた。冷や汗が出る。
「時間にして三十分かしら? 初回に作成した動画は三十分かけて女性を殴り続けてから吊るしたわね。暴行は止めてあげる代わりに三十分かけて吊るしてあげてよ」
 茶目っ気たっぷりに頭に響く声に、吉田は絶叫していた。
「この縄を今すぐ解け! おれが帰らないとすぐに捜索手配されるぞ。ここの位置情報も追尾されている。今すぐ解放しろ!」

 モニターの一台が、小さなメモリと地図画像を映していた。メモリに見えるのはGPS発信機、示された地図は北アルプスの中ほどだった。どう贔屓目に見てもここではない。
 吉田は身をよっじって叫んでいる。女の笑い声が脳内を蹂躙していた。 

 キッチリ三十分後、吊られた吉田を放置して、モニターに流される無残な動画を見ている女がいた。地味な服装で顔も特徴がない。すっぴんで目が半分寝たような容姿だった。
 モニターを見つめながら、「苦しみを癒そう、全て忘れて、光の先へ進む道を示そう」そう言いながら、指先を天に向けた。モニターから光の筋が天に向けて流れる。ほんの二秒程度だったが、吉田の周り以外は清浄な気で溢れていた。
 モニター類は消失し、死体が揺れているだけだった。

 女は微笑んでいた。「行ってらっしゃい。いい夢を」
 視線が鋭くなり、送信した。「フェニよ。羊はおいしくいただきました」
「了解」
 瑞樹たまきの声だった。

 ***

 夜姫胡よきこは気を失いそうだった。助けたいのに体が動かない。
「助けて! 誰か助けて!!」震えてしまって声にならない。
 ゆみちんが話しかけているが受信している余裕が無かった。
 ――お兄が死んじゃう!!

 もう落下してしまうと思った矢先、何かに引かれるように侑喜ゆうきは内側に倒れて行った。安心した瞬間、部屋を飛び出そうと振り返った所に、扉を開けた者と目が合った。
「誰!」
 咄嗟にありったけの思念をぶつけた相手は、ゆみちんだった。

「いたた」声に出して言ったゆみちんは鼻血を出していた。夜姫胡の思念が強すぎてゆみちんの体に影響が出たのだ。
「ごめん、ゆみちん大丈夫?」
 鼻を押さえながら、「大丈夫だから」
「ほんとに?」
「大丈夫だから、ゆう兄」
「え?」
 夜姫胡はゆみちんの心配をしていたが、ゆみちんは侑喜の無事を話していたようだった。
「でも、助けに行かないと!」
「たま兄が対応中なんでしょ? 心配ないよ」ゆみちんは鼻血も気にせず夜姫胡の腕を持って揺らしていた。

「でも、見てられない」
 夜姫胡は今にも飛び出しそうだった。

「本当に、大丈夫だから」
 急に頭に響いた男の声は聞き覚えのあるものだった。
「……るーと、さん?」
 夜姫胡は訳が分からなくなっていた。

 ***

 何かに後ろに引っ張られて、気が付いたら部屋の中に転がっていた。
 呆気にとられたmarinの視線の先に、バルコニーの向こうにいた天使のハジメが立っていた。marinは例えでハジメがいると言っただけで、実際目にして誰かの精神浸食だと判断した。
 ハジメが静かに言葉を紡ぐ「おれが飛び込んだ時、笑っていましたね?  どうしてそんなに楽しいのでしょう」
 marinは辺りを見回して声に出して言った「誰? 子供だましは止めなさい!」
 ハジメが一歩marinの方に歩を進めた。「人が死に向かうのが楽しいですか?」

「うるさい! 有象無象が天使の姿を借りるなんて、なんて汚らわしい。天使は私よ。導くのも私よ!」marinの怒鳴り声が響いた。

 ハジメは構わずもう一歩進んだ。
「妹がどうやって死んでいったか、事細かにおれに伝えて、精神を破壊する工程がそんなに楽しかったか?」少し言葉尻が厳しくなった。
「お前の命は私を楽しませるためにある。神の道具である者を、どう使おうが熾天使たる私の自由だ!」
 marinは唾を飛ばし、ハジメを罵っていた。marinは転がったままの侑喜を見た。

「お前もそうだ。殺してやりたいくらい幹泰が憎いくせに、その度胸もない。代行してやったんだから感謝しろ! おまえとの関係を全部教えてくれたハジメにも感謝しろ! 殺してやった私にも感謝しろ!」

「そうだね、おれが侑喜の個人情報を伝えてしまったから、侑喜がターゲットにされてしまった」ハジメは侑喜の方を向き、すまなそうに視線を落とした。
「だから何だっていうんだ! ハジメが後悔することはない!」
 ぼくは叫んでいた。

「あははは、友情ごっことか虫唾が走るのよ。迷った魂ごと送ってあげる。仲良く地獄で踊ってなさい!」
 そう言いながらmarinが侑喜に近づいてきた。

 marinは生暖かいモノを感じて足を止めた。拭った指先に血が付いていた。
「え?」
 鼻血をハンカチで押さえながら、再度侑喜へ触れようと進む足がすくんだ。

 目の前の何てことのない浪人生から、処理しきれない圧の情報が頭の中を満たそうとしていた。
「痛い痛い痛い!痛い!」
 marinは両手で頭を押さえていた。

「許さない――」
 侑喜は立ち上がりながらmarinを上から睥睨していた。ハジメは静かに見守っている。

「ぎゃー! 頭が割れる」
 marinは口からも血を流し始めた。頭を抱えひれ伏すように座り込む。
「なんで? どうして殺した? そんなに楽しいのか? 返せよ! ハジメを返せ!!」

 クケッ、鳥のようなうめき声を上げ、marinは動かなくなった。

「ハジメ、ぼくを地獄へ連れて行ってくれないか? 幹康を殺してしまったんだ。ハジメも巻き込んだしね。もう生きている価値がない」
 ハジメの方へ手を伸ばした。

 ――その手は取れない。
 ハジメの声は遠く、心に直接触れるようだと感じた。
「どうして! このまま生きろっていうのか」
 ――侑喜は生きて。
「いやなんだよ、もう、何もかも」

 ハジメは片方の羽を伸ばし侑喜の頬に触れた。
 ――侑喜は生きなきゃならない。そう決まっている。おれの事はいい、この姿も、侑喜の見せている残像に過ぎない。
「そんな――」
 ――今は眠るといい。穢れはおれが持っていってあげるから。侑喜は生きて。
 体が冷えていた。marinにありったけの感情をぶつけた後遺症か、意識が遠くなる。

 ――さよなら、ありがとう最後に話せて良かった。
 ハジメの最後の言葉は侑喜には届かなかったが、満足げに頷き、視線の先に捉えた影にも頷いて、光と共に消えていった。
 同時に、倒れた侑喜の姿も消えた。

 後に残されたのは、動かなくなったmarinだけだった。

-最終話へつづく-


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