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『推し活 -False angel-』最終話-月知らず【創作大賞2024-応募作品】

 -注意書き-
 この話はフィクションです。
 登場する人物名、地名、事件等は全て架空の物です。

 以下から、本文が始まります。


 半個室のカフェで、夜姫胡よきことゆみちんはパフェを堪能していた。もう一つコーヒーカップが置いてあって、るーとが座っていた跡だった。

「後は、若い者どうしで――」そんなつまらない冗談を言いながら、伝票を持って去って行った。確か、控えめに言っても冴えない人だったのに、魔法でも掛けたのか、爽快なイケメンが座っていたのだ。
 まだ本人だと認めるのが難しい。

 るーとは自分が送受信OKのテレパスだとカミングアウトをした上で、あの時〈偶然同じビル内にいて〉夜姫胡の絶叫を受信して駆けつけたと言っていた。
 ゆみちんとは、サーバー作業中にチャット機能を使うつもりが〈うっかり送信〉してバレてしまっと言っていて、その言い分にゆみちんも頷いていた。今日はお礼の意味も込めての集合だったが、フタを開けたら、るーとから何も聞き出すことも出来ず、逆に労わって貰って会計伝票も流れるように手に取って帰ってしまった。
 完全敗北である。

「アプリも運営が瓦解してサ終(サービス終了の意味)決定告知出てたね。woolもmarinも音信不通になるし、結局チカの事はうやむやなのかな――」
 夜姫胡はもう笑い合えないチカを見てるようだった。
「よきちん、今度墓参りに行こうよ。チカに会いに行こう」
 少し悲しそうな顔を上げ「そうだね、年が明けたら会いに行こうか。チカ訪ねて行ったら喜んでくれるかな」
「喜んでくれるよ、きっと」ゆみちんの笑顔は弾けるようだ。

 ゆみちんはパフェを引き寄せ――
「まあ、そういう事だから。おとなしく奢られまっしょい!」
 おいしそうにパフェに挑んでいた。

 ゆうにい危機一髪事件から時間が経ち、明日は大晦日という午後だった。

「それにしても本当に驚いたよ。送信相手が駆けつけたと思ったら爽快MAXイケメンが立ってるんだもの。口からるーとさんの声出てるし、脳がバグって大変だった。ゆみちん作業一緒だったでしょ? どういう人か知らない?」
「うーん、その辺の話はしてないから分からないんだよね。あの時も、まさかあの容姿で現れるなんて思わないじゃん」
 それもそうかと夜姫胡が考え込んでいた。

 ゆみちんは心で舌をペロッと出していた。
 ――本当は、凄腕神クラッカー様っぽいけど尻尾掴ませないんだよね。しっかし惚れるよね。イケメン時の所作がおとこなんよ。あの冴えない偽装の完璧な事よ。

 うっとりしているゆみんちんに疑惑の視線を送りながら、ため息を一つついて「〈ゆみな〉、あの時は止めてくれて本当にありがとう」柔らかい送信にゆみちんがハッとしている。
「いいの、いいの、夜姫胡ってテンパると見境ないから、止めてあげないと周りが大惨事だからね」そう送信しながら夜姫胡の方を見て、固まった。

「ありがとう、ホントは家庭で色々あり過ぎて、溢れてたの。止められそうに無かったの、本当にごめんなさい」
 涙目で声に出して謝罪していた。
「いいの、本当に。あたしには寄り添うくらいしか出来ないから、話せないこともあると思うし、気にしないから。友達だから」
 夜姫胡の肩にそっと手を置いた。普段気が強すぎる友人はとても幼く見えていた。

 ***

「正月はスキップする!」
 そう宣言しイベント系は受験が終わるまでスルーして、家の事も夜姫胡が出来ることは自分でやって貰うことにした。夜姫胡は賛成していて、今まで抱え込み過ぎだと逆に怒られた。

 推し活しようよアプリはサービス終了が発表され、元々広告だけで収入を得ていた関係か終了日も二月末と急だった。
 ぼくも夜姫胡もアプリから退会していて、あの嵐のような一件から遠ざかっていた。

 リビングでコーヒーを飲みながら、記憶の海を泳いでいた。

 marinの件はmarinがうずくまったことは何となく覚えている。どうも靄がかかってよく思い出せなかった。記憶的にマンションに足を踏み入れたあたりから怪しいし、マンションの住所も分からなくなっていた。瑞樹たまきに聞いたら、marinが突然倒れて救急車を呼んだと言っていた。
 ぼくは気が付いたら自宅で寝ていたし、考えようにも日が経つにつれ記憶が薄れ、一連の事もアプリに翻弄されたことも忘却の彼方に沈みつつあった。
 それでも、ひとつだけ。
 天使姿のハジメと会話したことは何となく覚えている。
 ――生きろ。と、ぼくに言っていた。
 難しいと思った。

 家庭が壊れてしまってから、ぼくは寂しくて生きる希望を見失っていた。兄の顔を立てて前を向いているフリをしていただけだった。瑞樹はきっと気が付いていたんだろう。そんな気がする。
 天使になったハジメは、ぼくの内面が見えていたんだろう。ごめんなさい。

 スマホが震えている。たま兄からメッセージだった。
「今日は仕事終わってからそっちに行く、十八時前に着くから飯はおれが作るから。夜姫胡も一緒に、勉強の息抜きで三人で食べよう」
 顔が綻ぶのを感じた。たま兄ってぼくの心が読めるんじゃないだろうか?  絶妙なタイミングで絡んでくる。
「Ok!」
 軽快な顔でOKしているスタンプを送信した。

 鼻歌も軽く自室に引き上げていった。

 ***

 関口浩二は郵便受けに入っていたUSBメモリに困惑していた。
 ハジメの両親が起こした情報開示裁判は負けてしまって、情報取得の道は絶たれた。それでも、本業の傍ら運営界隈の情報をコツコツ集め、やっとmarinとwoolの素性までたどり着いた矢先のアプリのサービス終了発表だった。
 やるせない思いに、ハジメの墓参りでもしようかと思っていたところに、この物理メモリだった。

 匿名のタレコミも無いではないから対応は心得ている。物理系タレコミ用スタンドアローン環境のノートPCへ接続し、ウイルスチェック等をクリアしてから、内容を閲覧した。

「なんだこれ」
 関口の目に飛び込んだのは、marinが過去に交際し行方が分からなくなっている二人の男性について〈合法的に〉収集可能な個人の詳細とmarinとの関係。それに関係する金銭の流れだった。woolについて本名と裏サイトで有料公開されていた残酷な動画の詳細と金銭の流れ。ここ二年間の推し活しようよアプリの不透明な金の流れを示す財務資料等だった。

「ハジメ、これだけあれば記事を書けるよ」フォルダーに入っていた〈readme.txt〉をクリックした。

「関口浩二様
 心ある方にこのデータを託します
 この行いでハジメ君や他の魂が安らぐことを希求しています

   かつて天使だった者より」

「False angelからなのか?」
 ただの文章なのに画面の文面から目が離せなかった。最優先で対応しようと心に誓った。

 数か月後、署名入りでmarinの金銭奪取を目的とした過去二件の殺人疑惑と、一緒にアプリを運営していたwoolの正体、子悪党運営二人の罪状をネットニュースに告発した。運営以外のアプリ会員の個人情報は一切伏せて、持てるコマをフル活用した。
 記事は話題を呼び、警察も動き出したが二人の足跡そくせきは跡形もなく、海外逃亡説が有力と報道されていた。

 ***

 marin達が死んだ日から数日後、錦糸町のスナックに瑞樹の姿があった。
 店内は手狭で、六人も入れば手一杯な狭小店舗だった。内装はよく分からない極彩色で塗られ、正常な人間でも幻惑されそうだった。
 カウンターの奥に、妖艶な女が気だるげに電子タバコを咥えていた。店の壁には「紙たばこは出禁!!」と黄ばんだチラシが張られていた。

「ようこさん、同じのお代わり」瑞樹はウイスキー水割りのダブルをお代わりしていた。
 気だるげに差し出したグラスを受け取り、口に運んだ。二人の間に会話は無い。店には常連が二人、奥に陣取ってカラオケを競うように歌っていた。

 艶のある声を受信した。「〈天使達〉はその後どう? 侑喜はお酒の飲める年になったら是非連れてきてね」ウインクを瑞樹に飛ばした。
「冗談よせよ。フェニと酒なんか飲んだら秒で落とされて、スッカスカにされるじゃないか」
「ふふ、大切な天使達に手は出しませんよ」
「なら、連れてくるか。そのうちな」
「あら、うれしい。夜姫胡ちゃんもいつか連れてきてね」
 瑞樹は視線をようこフェニさんに向けた。

 カロン、コロン

 ドアが開き、新しい客を迎え入れていた。
「よう、お待たせ―って感じじゃないな。ちょっとぐらい待ってましたって顔してくれてもいいだろう。な? ようこさんもそう思うだろう?」
 ケムエルの抗議に、ようこさんは笑っていた。
「おれは、レモンでハイボールよろしく」
「はい、只今」
 奥からもお代わりの注文が入り、カウンターで瑞樹とケムエルは並んで座っていた。

「事後処理は順調か?」
「問題ない。こちらの情報は紙を含めて全て破棄している。足も付かない」
 侑喜や夜姫胡がアプリに関わった情報の完全削除作業の進捗だった。会話はテレパシーで交わしていた。
「はいどーぞ」含むような視線でようこさんからレモンハイボールを受け取り、「それじゃ、まずは打ち上げってことで」カツンとグラスを合わせた。

「〈天使達〉は元気にしているか?」ケムエルの送信に瑞樹が答えた。
「心のメンテナンスに数年かかりそうだ。接触系の対策を考えないといけない。精神に及ぼす影響が思いの他深いな」
 瑞樹のグラスがカランと音を立てた。カラオケは継続していた。
「心か、おれ達と違って透き通っているから、染まらないように守らないとな」
「そうだな。羽もその内再生出来るだろう。そうしたら――」
「記憶が戻るかもな」ケムエルは遠い目をした。

 グラスを傾けて「だったらいい、いつか叶えるつもりだ。その前に……」瑞樹の視線が険しくなった。
「おれの天使達の羽を奪い、人間に落とした奴ら天使を根絶やしにしてからな」
「ふふ、怒りに任せて堕天するとかどんだけ親ばかなのよ」
 瑞樹は苦笑いだ。
「仕方なかろう、心が美しすぎて嫉妬のあまり羽を奪われるなんて、しかも二人ともだ! 天使にあり得ない対応だ。おれがキレるのも仕方がない。お前も何で一緒に堕天してんだ? 都合高位天使が七人同時堕天なんて聞いたことない」

「ルシがそれ言う?」
 ケムエルは笑っている。「おれはいいの、気性が元々天使向きじゃなかったし、退屈だったんだよ。それよりさ、次は何しようか? 暫く暇だね」

「おれは子供たちを〈箱推しグループ推し中〉だから忙しいの」

〈了〉


 ここまで読んで頂きありがとうございます。
〈スキ〉を頂けると創作の励みになります。よろしくお願いいたします。


 <あとがき>を別途ご用意しております。
 お時間が許せば一読いただけますと幸いです。

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