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【創作大賞2024-応募作品】『アブソリュート サンクチュアリー』〈Sleeping Beauty -眠り姫- 編〉Ep10 無意識という名の意識

「――おい、大丈夫か?」

 肩を揺すられ私は目を覚ました。
 どうやら、おみくじを結ぶ木の前で、へたり込んでいたらしい。

「あ、あれ? 私どうして……」

「貧血かな? 急に気を失うから驚いたよ」

 肩に手を掛け、セピアの瞳が見つめている。
 顔が真っ赤になるのが分かる――慌てるのを必死で抑えながらお礼を言った。
「なんか恥ずかしいところばかりで、ごめんなさい。ありがとうございます」

「いいよ別に、それより歩ける?」
 私の中では呼称〈おみくじのきみ〉に手を貸してもらい立ち上がる時、左肩が血で汚れているように見え少し驚いてしまった。
「はい、大丈夫みたいです」

「なら、おれは行くよ、気を付けて」

 ――驚いたのは気づかれなかったみたい。
 ホッとしていたら片手を上げ去ろうとしている。
「あ、あのっ……えっと、良ければID交換とか……ダメですか?」
「えっ」

 おみくじの君は少し困惑しているようだった。
 ID交換は社交辞令みたいなものだから、以後の連絡有り無しは特に問題視されない、中には気軽な交換を嫌がる人もいる。
 ――ちょっと迷惑だったかな?
 言ってしまった手前引っ込みもつかず、思った通りにしてみた。

「ここで逢ったのも何かの縁ですし、良かったらお友達になって下さい」
 ニッコリ笑顔も出来た。
「――あっ、うん、いいよ」
 ――うっそ! 
 心の中で手を合わせていた私に、神の福音ふくいんが高らかに響き渡った。
 ――神様ありがとう大好き!
 
 お互いのID情報を交換しながら、簡単に自己紹介をする。
「私、桜井詩里香しりかといいます。地元はこっちで神社に参拝に来ました」
「そうなんだ。おれは、さかき翔琉かけると言います。今日は東京から参拝に来ました」
 お互い笑顔で別れを告げ、私はおみくじの君こと翔琉君を鳥居をくぐるまで見送っていた。
 
 鳥居をくぐる瞬間、彼の腰に剣が吊るされているのをハッキリと見た。
 見えた不思議な物は気のせいにして、本来の目的の為に歩き出した。

 ――私より年下かしら、あんなに綺麗な男の子がいるなんて世界は広いな。
 
 拝殿の賽銭箱に向かっていると、何かいつもと違う雰囲気がする。何がどうかと言われれば困ってしまう。賽銭を投げ入れた。

 ――神様、秋から東京の高校に進学する事になりました。生まれ育った土地を離れるのは不安もありますが自分で選んだ道なので頑張ろうと思います。 お父さんや家族の事これからもよろしくお願い致します。今まであまりキチンと参拝しなくてごめんなさい。あっ、付け足しで……翔琉君と友達になれますように。

 入学シーズンは秋である。
 何十年も前は桜の季節だったというから、さぞかし華やかだった事だろう。
 気心の知れた親戚の家に厄介になるが、親元を離れ暮らすのだから心細くないと言ったら嘘になる。

 足元の玉砂利を均しながら何故か翔琉の顔が浮かんできて、また顔が赤くなってしまった。

 ***

 弦月宮――ログハウス内。
 竹のお山から三日後、鮮やかな青色に水滴の着流しで、ロフト部分のソファーに寝そべりながら、今までなら絶対に考えた事もない問題と戦っていた。

「連絡スベキカ否カ」

 スルーするのは簡単だ、ちょっとのつもりが百年位平気で経ってしまうのだから。

 人世界で暮らした自分が反論する――出会いは縁だと言われたじゃん!
 
 いやいやドロンを使ったら何かの弾みで彼女ごと街一つ消しかねないし、神のまんまでも神気で焼きかねない、自分が如何に人世界にとって脅威の存在なのか思い知らされる。
 このままでは如何ともしがたい状況に変わりはないのだ。
 くせ毛が鳥の巣になるのも構わず、頭を両手で掻きむしった。

「ああ、そっか――また逢いたいんだ」

 ソファーからナメクジみたに半身を滑らせ、階下のウインドウに詩里香のアドレスを表示させた。
 設定は人だった頃を使おうか――
 少し胸が痛くなる。
 両親だった人の顔、友達だった人の顔……みんなどうしているだろうか。頭を振り感傷を締め出すと音声で打ち込み始めた。

「こんにちは、覚えていますか? 竹のお山で会った榊 翔琉さかき かけるです。東京に来ることがあったら連絡ください。案内しますよ」

 音声コマンドでメッセージを送信。
 後は神のみぞ知る――っておれは神だからどうなんだ。ナメクジ状態から立ち上がり階下に降りて行った。

 左肩の治癒が思わしくなく炎症が広がっていた。
 神属性の怪我は問題ないが、人属性の怪我や毒はそうもいかない、それでもたいていのものなら瞬時に治癒するが、特級神ゆえの体質のせいか原因の特定が難しいものも多い。
 人世界の薬は効かないし、今回は九朗作の単衣ひとえでもあまり効果が無く、そろそろ本腰入れて治療プランを立てなくてはならない。シェリルは、朝から薬を取りにルーエの所に行っていたし、九郎は肩から採取したサンプルの分析をしていた。

 ――熱もあるみたいだし少し寝所で寝てようかな。
 薄曇りの空は身体の状態を表しているようだった。
 羽衣は上げたままベッドに横になり暫くウトウトしていた。眼前にウインドウが出現し片隅にメッセージ着信のアイコンが表示されている。

 ガバっと起き上り内容を確認する。
「こんにちは、こちらこそ、この前はお世話になりました。私は秋から東京の高校に通う事が決まっていまして、九月には東京に居ますから何処か案内して貰えるとありがたいです」
「同い年だったんだ、おれは秋からステップで研究機関に入りますが、その頃は東京にいるのでリクエストがあれば案内しますよ」
「ステップって凄いですね。あっと敬語は無しでいいですよ同い年なんだし、あはは」

 人だった頃は、本当に秋から国内の研究機関に入る筈だった。
 学年のスキップは当たり前だが、ステップは少し違う――中学校からいきなり大学院卒以上の研究機関レベル勤務まで到達出来る。
 それには学力も勿論だが、精神鑑定も並行して行われる。両方クリアして〈ステップ〉となる。
 十八歳までは何処かの研究機関に属さなければならないが、後は好きにやっていける。
 おれは両親の意向で、国内の研究機関に入り、十八歳になったら好きな進路へ進んでいいと約束していた。

「気にしないでね、ステップって言ったって同じ人間なんだし」
 ステップを人ならぬ集団と揶揄する者も多いのだ。
「あ、うちの二番目のお兄ちゃんもステップだから全然大丈夫だよ」
「凄いね、プレで研究室入ってて連絡取れない時はごめんなさいと先に言っときますww」
「あはは、お兄ちゃんにもよく言われてたそれ」
「じゃまたね」
「はい、またねー」
 ――なんだ、普通に会話出来たじゃないか。

 後は、人世界の中でも神気を制御するすべを確立しなければ……などと考えながら、寝所を出て小川の辺にある木のベンチへ向かった。

 ベンチへ腰かけようと――世界は暗転した。

-つづく-


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