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『吸血姫 - きゅうけつき -』第六夜【創作大賞2024-応募作品】

 自分が吸血鬼だという事は生まれつき。

 思春期と言われる中学に上がった頃、人間以外で自分と同じような境遇の友達がおらず、色々な感情に煮詰まったわたしは吸血に嫌気がさして断食した事がある。

 父にも母にも「我々は人間にはなれないのだから、与えられたせいを生きるしかないのだ」と諭されても人間のせいが眩しく映るわたしは耳を貸さなかった。

 ――わたしは小食で、大きめのスプーン一杯の血液で十日間は生きて行ける。大丈夫。人の世界でやっていける。

 吸血鬼亜種属はオリジナル吸血鬼が闇の存在とするなら、わたしや父は亜種属の吸血鬼として太陽の下で暮らし、杭の一撃も十字架もにんにくも致命傷にならない。

 しかし、人の寿命時間しか生きられずオリジナルのように何百年も存在を維持する事は不可能だ。

 故に、オリジナルは死者に亜種属は生きる者に分類される。

 これがオリジナルのカンに触り見つかれば例外なく殺し合いとなる。
 お互い生息数が少ないので生涯で邂逅することはまずない。
 そして、オリジナルと決定的に違う点がある。 

 亜種属は吸血するのに物理接触を必要としない。

 吸血対象を一秒以上凝視するか触れればいい。
 血は大気に乗りわたしの身体に吸収される。
 血が抜かれる様子を見られる事も無いし相手に傷を残さない。

 吸血した相手が吸血鬼になる事も無い――この二点が決定的に違うのだ。

 断食が続く中、大きなショッピングセンターの回廊に佇み、眼下にいる大勢の人間に流れる血潮の音に心が躍った。

 人と沿いたいと願う心は、少し先の書店で紙でうっかり指を切ってしまった女性の血を見たときに、飢餓状態が精神のリミッターを破壊した。

 わたしは周囲の人間の血を無制限に求めた。 

 この時人間は共に暮らす相手では無く食の対象だった。

 大気に乗った人間には見えない赤く美しく美味なる血が、わたしの身体に吸収される様子を恍惚と眺め、もっともっとと血を求めた。

 母親が子供の名前を絶叫している。

 倒れている数十人の人々を目にしても何の感慨も浮かばなかった。
 母が目の前に立ち頬を張られても血で満たされる快感の方が上回っている。

「この惨状を見て何も感じない娘なら、わたしが命の火を消してあげる。わたし達は人の住む世界でしか生きられない。最低限の事が出来ないのなら存在は許されない」

 母の怒りは冷たく心臓を掴んだ。

 気温が下がり息が白くなる。
 低温化する事で極度の貧血に陥った人々の新陳代謝を最低限に落とし、延命を図っていた。

 先程の母親が泣き叫んでいた。
 子供の意識が無いらしい。
 ショッピングセンターは混乱し異常な低温もあってパニックの様相を帯びてきた。

 わたしの虚ろな目線の先に、意識の無い子供を抱き泣き叫ぶ母親の姿を認めた。

 霧と共に父が現れ悲劇に見舞われた親子の脇に膝立になり、子供の頭に触れる。

 父の姿は半透明で姿を消していると分かった。
 父の手から何かが子供に注がれ頬に赤みが差し、やがて盛大に泣きだした。

 母親は半狂乱になって子供を抱きしめている。

 父はわたしの隣に姿を現しこう告げた「次は無い――」

 わたしは頬を伝う涙の意味を思い出すのに多少の時間を要した。 

 欲望に任せて行った吸血の影響で人間らしい感情を失いかけ、居場所を自らの手で破壊するところだった。

 幸いにして死者は出ず――それからは何事も無く過ぎている。
 たまに落ち込む時もあるが自分に言い聞かせる。

 人の世界に生き、人間とは異なる者。

 わたしはきっと寂しかったのだろう。

-つづく-


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