000022のコピー

元号が変わる2日前のこと

朝日が漏れ入るベッドの上でゆるやかに目を開けると、隣で夫も同じスピードで眠りからさめるところだった。「んん」と声にならない声をあげながら、寝相で乱れた布団をひっぱりあげる。

そしてたっぷり5秒ほど置いて、夫は「さみしいな」とちいさく言った。

それが今日の夜から3日間のことを指しているのは、すぐにわかった。10連休という最高の休日を余すことなく味わおうとしているわたしと違い、夫は今日から数日は仕事へいく。その間、わたしは一人で実家に帰省することにした。高校の頃から飼っている犬の具合も悪いと聞くし、祖母は入院して以来気力を失っていると聞くし。

「あ、でも大丈夫だから、たのしんできて。たのしむっていうか、ゆっくりしてきて。おばあちゃんによろしくね。わんこにもよろしくね」。夫は、目が覚めてきたのか矢継ぎ早に言葉を繋いでくれた。夫の、ツボミみたいにささやかなやさしさが好きだ。

毎日一緒に寝ているくせに、もっと一緒に寝たい、そう思っているのが自分だけではなくてうれしかった。今日の夜も、明日の夜も、明後日の夜も、ひとりで眠りに落ちていくのか。と、考えていて、気づいた。

「そういえば、一緒にいないうちに平成が終わっちゃうね」

わたしがそう口にすると、夫も「あ、ほんとだ」と声を大きくした。瞬間、なんだか急に「歴史的瞬間」を一緒に過ごせないことがとんでもなくもったいなく、罪を犯しているかのような極端な気持ちに襲われる。人生のうちに1度あるかないかの瞬間を、一緒に過ごさなくてよかったのだろうか?

夫はどう思っているんだろう。わたしが逆の立場だったらこう思うかも。「どうして、こんな歴史的瞬間に、ひとり取り残されているのかしら」と。

夫を見ると、寝ぼけた顔で天井を見つめている。その頭を手繰り寄せ、髪を撫でた。

「新元号になるね。明後日には、令和だね」

「うん」

平成最後の日、一緒にいられなくてさみしい?と、聞こうとした。
しかし声を聞いていて、ふと思い当たって質問を変えた。


「でも、そんなことって、どうでもいいと思ってる?」


夫はすこしも考えずに「うん」と頷き、わたしは笑い出す。そうだ、夫はそういう人だ。元号がどうのこうの、取り残されるだの、一緒に過ごしたいだのわあわあ言うのはいつもわたしのほう。令和になろうが平成がおわろうが、騒いだり便乗したり、ましてや今急増しているという「R-1のヨーグルトを持って大正駅で写真を撮るような人」じゃない。彼にとってはただの日常の延長。大げさなのは、わたしだけ。


「そうだよね。きみはそういう人だよね」

頰を撫でて、笑う。その間、じっとし続けている夫に「じゃあ実際のところ、今日からわたしがいなくても別にさみしくない?」と聞く。

「さみしい」

今度ははっきりと言った。そのことが嬉しくて、抱き寄せた。ここまで寝ぼけてされるがままになっていた夫も手を伸ばして、隙間を埋める。夫とわたしは違う。元号が変わっても、動じない夫。終わる平成に思いを馳せる妻。それでもふたりは、おなじだけさみしい。

遮光カーテンから漏れる朝日。シーツの上のけだるい身体。夫のあたたかい息と、おでこのすこし冷たいところ。ぜんぶ抱きしめて、わたしの平成が終わる。

「あたらしい元号で会おうね」。つぶやくように言った。

「そうだね」。つぶやくように返事があった。

元号が変わる、2日前のこと。



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