小説『シェルター』25回 第3章3
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第3章3 仲間 3
スプーンはやがてタロウの手の中でぷつりとねじ切れ、そのまま床にころりと落ちた。
「...うそだ」
「うそじゃねえよ」
タロウは床にかがみ込み、落ちたスプーンの首を拾った。そして、まだ今見たものが信じられないでいるわたしに向かって投げてよこした。
「ほれ」
わたしはそれを手のひらに乗せ、目を近づけて観察した。
切り口を触ってみたが、ねじ切った痕跡はない。熱を持っている様子もなく、断面図はV字型だった。
ためしにそれをテーブルの上に置き、柄の切り口を近づけた。すると磁力が残っているらしく、スプーンの首と柄は互いに戻ろうと引き寄せられた。
「...どうやって?」
「言っとくがな、こんなのここで一週間も修行すりゃあ、誰だってできるようになるんだぜ」
わたしはタロウの顔を見た。嘘を言っている様子はない。
「ああ。だが、おれたちが目指してるのはこんなチンケなことじゃねえ。だから、それがわかるまではおまえもよけいなことを考えるのはやめろ。 ここはおまえが今までいたとことはまったく違う場所なんだ」
* *
食堂を出たわたしはタロウに宿舎に案内された。
そこは敷地内に二棟あるレンガ色の高層マンションのうちのひとつだった。
与えられた部屋は高層階で、ベランダからは廃墟となった街の様子が一望できた。
そのマンションは驚いたことにちゃんと電気が通じていた。自家発電なのだろうか、それだけは本当に助かった。なにしろわたしにあてがわれた部屋は28階にあったからだ。
そこはフローリングの広い部屋で、一通りの家具が揃っていた。 間取りこそ立派だったが、長いあいだ使われた形跡がなく、部屋は少しかび臭い。
窓際にはすっかり枯れて干からびた観葉植物。
キッチンには冷蔵庫があったが、中には何も入っていない。戸棚には古くなった香辛料や調味料がそのままになっている。
こんなものが一通り揃っているところを見ると、やはりここには誰かほかの人が住んでいたのだろうか。調度品がちゃんとしている分、かえって寒々しい感じがした。
困るのはインターネット環境がまったくないことだった。試しに携帯電話の電源を入れてみたが、予想通りの圏外表示だ。ネットに依存している自覚はなかったが、いざネットが使えないとなるとこんなにも心細くなるものかと驚いた。
ネットのない夜の時間はうんざりするほど長かった。リビングにはテレビがあったが、つけても砂の嵐しかうつらない。
なにもすることがなかったので、仕方なく寝る前に例のつまらないファンタジー小説の続きを読んだ。
読んでいるうちにだんだん情けなくなってきて涙が出た。こんな本、もし自分が編集者だったら頭から書き直させてやるところだ。
よく眠れないまま夜が更けて、うとうとした頃、朝が来た。
タロウは朝5時きっかりにわたしの部屋をノックした。
「おい、起きろ。まさかまだ寝てるんじゃねえだろうな」
わたしは慌ててベッドから飛び起き、駆け寄ってドアを開けた。
「...おはよう」
今朝のタロウは真っ赤なポロシャツにブルーの短パンという格好だった。頭には昨日と同じ赤いバンダナを巻いている。
わたしがTシャツ姿のまま突っ立っていると、タロウは呆れたように言った。
「1分以内に着替えて出てこい。急げ」
「どこへ行くの?」
「鐘楼の鐘を鳴らすんだ。それがおまえの初仕事だ」
「鐘楼?」
なんだか嫌な予感がした。
「それ、一体どこにあるの」
タロウは返事の代わりに窓の外に見える銀色の塔を指さした。
「...まさか」
手が一気に汗ばむのがわかった。
どうしよう。
わたし、高所恐怖症なのに。
(つづく)
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