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ネット誹謗中傷被害救済のため総務省が研究会開催

ネット誹謗中傷被害救済 プロバイダ責任制限法改正

女子プロレスラーが自死するなど、ネットでの誹謗中傷による被害が深刻になっている。このようなネット誹謗中傷被害者の救済のために「プロバイダ責任制限法」を改正すべきではないかという動きがあり、総務省は「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を立ち上げ、第1回会合が2020年4月30日に、また第2回会合が6月4日に開催された。

そして第3回「発信者情報開示の在り方に関する研究会」会合が昨日(6月25日)、WEB会議により開催、議題は事務局説明、意見交換。第3回会合が行われた意見交換の内容については議事概要が公開されていないため詳細は分からないが、資料「論点整理案」を読むと次のような課題が事務局より提起され、意見交換が行われている。

1 議論の前提としての確認事項

発信者情報開示請求制度見直しにあたって、まず「発信者情報開示請求権によって確保を図ろうとする法益は何かということを確認した上で、その実現のための具体的な方策の在り方について検討を深めることが適当ではないか」ということ。つまり、誰のための利益のため、また何の利益のために発信情報開示請求制度見直し議論をしようするのか、ということ。

発信者情報開示請求に係る制度の趣旨は、権利侵害を受けたとする者(「被害者」)の救済がいかに円滑に図られるようにするか、という点(被害者救済という法益)と、適法な情報発信を行っている者のプライバシー・通信の秘密をいかに確保するか、という点(表現の自由の確保という法益)の両者の法益を適切に確保することにあると考えられるが、どうか。

個人の人格まで否定する「ネット誹謗中傷」の被害者救済のためにはネット上の発信者情報開示が必要となる。しかし、請求があれば何時でも発信者情報開示するとすれば、例えば政府批判も誹謗中傷とされて国民の発信者情報すべてを開示されるようになると、「表現の自由」が確保されない監視社会をつくってしまう。

2 発信者情報の対象拡大について

現行の総務省・省令に定められている発信者情報開示の対象のみでは、発信者を特定することが技術的に困難な場面が増加している。一方で、プロバイダなどが保有する他の情報で特定可能な場合もある。そこで、ネット誹謗中傷被害者救済のために、発信者情報の開示対象を拡大することにより、被害者が発信者を特定できる手段を適切に確保しようということだが、論点は次のとおり。

(1)電話番号
・電話番号については、これを発信者情報開示の対象に追加することの有用性・必要性・相当性が認められ、また、法律の委任の範囲内であるといえることから、開示対象として総務省令に追加することが適当ではないか。
・電話番号がコンテンツプロバイダから開示されれば発信者情報開示に係る裁判手続が1回で済むケースが増えるため、手続をスムーズに進める効果も期待されるほか、後述の通信ログが一定期間後に消去されることで発信者の特定に至らない可能性があるという問題の解消にも資すると考えられるが、どうか。
・携帯電話番号のみならず、固定電話番号についても、プロバイダ等が保有しており、発信者の特定に資すると考えらえるのであれば、対象に含めるのが適当ではないか。
・コンテンツプロバイダから電話番号を取得した場合、取得した電話番号をもとに電話会社に対する弁護士会照会(弁護士法第23条の2)により契約者情報として発信者の氏名及び住所を取得することが想定されるところ、弁護士会照会を受けた電話会社が、これに応じて、発信者の氏名及び住所を回答することができる旨について、「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」の解説に記述することを含め、これを明らかにすることが適当ではないか。
(2)ログイン時情報<P>
・ログイン時のIPアドレス等のログイン時情報を発信者情報開示の対象とすべきという意見について、どのように考えるか。

3 新たな裁判手続の創設について

現状では、ネット誹謗中傷による「権利侵害」に該当するか否かの判断が困難なケースが多い。そのような中、発信者情報が裁判外で開示されない場合、発信者の特定のためには、一般的にはコンテンツプロバイダに対する保全手続による開示請求、またアクセスプロバイダに対する訴訟による開示請求を行い、その後、特定された発信者への損害賠償請求訴訟を行う必要がある。

これらの裁判手続、特に発信者情報開示のプロセスに多くの時間・コストがかかることは、救済を求める被害者にとって負担となっている。そのためネット誹謗中傷による「被害救済」を断念せざるを得ない場合があるなど、被害者救済が十分に図られていない。また一方で、「開示請求を受けたプロバイダにとっても、裁判上の請求に対応する件数の増加等により負担が増し、裁判手 続の中で発信者の意見を適切に反映して対応を行うことが困難になっている」などの課題があり、制度が適切に機能していない部分がある。

これは、「プロバイダを一方当事者とする制度設計になっていることが一因と考えられるのではないか」と指摘されている。そこで、「裁判手続におけるプロバイダの役割を見直し、発信者の手続保障にも配慮しつつ、被害者の救済が適切かつ迅速に図られるようにするための新たな裁判手続について検討することが必要である」と提案されている。

具体的な方法としては、「匿名での訴え提起を可能とする制度を新たに設けることについては法制的に困難であると考えられることから、例えば、発信者情報開示請求訴訟に代えて、被害者からの請求により、裁判所が発信者情 報の開示の適否を判断・決定する仕組み(新たな裁判手続)」設けるべく検討すること。また、次のように新たな裁判手続きに関する論点が提示されている。

・新たな裁判手続を設けるに際して、発信者情報の開示要件の在り方を検討するに当たっては、本制度の趣旨が、被害者の権利回復を図る必要性と適法な情報発信を行っている者の自由な表現活動の確保という両者の法益の適切な確保を図ることにあることを踏まえて、その在り方を慎重に検討する必要があるのではないか。
・被害者の権利回復を図る必要性と自由な表現活動の確保という両者の法益が適切に確保されるよう、新たな裁判手続きにおいては、適切な制度設計を図ることによって、円滑な被害者救済という目的の実現を図ることが適当ではないか。
・制度設計に当たっては、手続の迅速化を図る観点から、訴訟手続の場合に求められる証明ではなく、疎明で足りることとすることも考えられるが、どうか。
・新たな裁判手続の開示要件その他の具体的な設計の検討に際しては、法令の解釈についても適切に整理し、必要に応じて逐条解説等において明らかにすることが適当と考えられるが、どうか。

4 ログの保存期間について

ネット誹謗中傷による「権利侵害」の投稿の発見までに時間がかかる場合があることや、コンテンツプロバイダにおける開示手続に一定の時間がかかることにより、特にアクセスプロバイダが記録・保存する投稿時のIPアドレスなどの通信ログが一定期間後に消去されることで、発信者の特定に至らない可能性があるという課題がある。

・通信ログに関し、一律にすべてのユーザの通信ログの保存期間を延長すべき(保存の義務付け)等の意見がある一方で、プライバシー等の観点から通信ログを含む個人データについては、業務上の必要がなくなった場合には消去しなければならないこととしている既存の法制度の考え方との整合性や、プロバイダの負担、海外事業者への義務づけの実効性等の観点から、一律のログ保存の義務付けは困難であるという意見も多くあるが、どのように考えるか。
・一律にログを保存する義務について検討するのではなく、権利侵害か否かが争われている個々の事案に関連する特定のログを保全できるようにする仕組みについて検討すべきという意見について、どのように考えるか。
・具体的な仕組みとして、例えば、(1)発信者を特定する手続と、(2)特定された発信者情報を開示する手続を分けて考えて、(1)について、被害者に秘密にしたまま、プロバイダから迅速に発信者情報を抽出して発信者を特定し、当該発信者情報を保全しておくプロセスを設けるなど、早期に発信者を特定・保全する手続を設けるのはどうか。
・特定の通信ログを保全する手続を検討する際には、併せて、こうした手続を経て特定の通信ログを保全しておくことは通信の秘密やプライバシー保護の関係で問題ない旨について、例えば「電気通信事業における個人情報 保護に関するガイドライン」に記述するなど、明確化を図ることを検討することが適当ではないか。

参考・プロバイダ責任制限法とは

プロバイダ責任制限法の正式名称は、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」となる。

プロバイダ責任制限法の趣旨は、「特定電気通信による情報の流通(掲示板、SNSの書き込み等)によって権利の侵害があった場合について、特定電気通信役務提供者(プロバイダ、サーバの管理・運営者等。以下「プロバイダ等」という。)の損害賠償責任が免責される要件を明確化するとともに、プロバイダに対する発信者情報の開示を請求する権利を定めた法律」。また、プロバイダ責任制限法の内容は、次の2点になる。

1 プロバイダ等の損害賠償責任の制限
特定電気通信による情報の流通により他人の権利が侵害されたときに、関係するプロバイダ等が、これによって生じた損害について、賠償の責めに任じない場合の規定を設けるもの
2 発信者情報の開示請求
特定電気通信による情報の流通により自己の権利を侵害されたとする者が、関係するプロバイダ等に対し、当該プロバイダ等が保有する発信者の情報の開示を請求できる規定を設けるもの